ゼログラビティ | ナノ

01

昨日の科学の天文学の授業で先生が言っていたのを思い出して私はハッとした。まったくもって愚かであったと思わず絶望さえこみ上げる。私は腕時計を見た。時刻は夕方の四時を過ぎている。体を起こせば視界には日直が黒板を消し、もうひとりが日誌を書いている光景が見えた。ほかの生徒も数人いるものの、掃除を済ませ早々に帰ろうと支度をしている最中である。額がヒリヒリするのでそれを気にしながらも一番近くにいた日誌を書く日直に声をかけた。
「石田君はどこにいるかわかる?」
「石田だと?我の知るところではない。斯様な者の行方などどうでも良いわ。」
「えー、毛利くんは生徒会長だしなんでも知ってると思ったのに。」
「……部室ではないのか。」
「そっか、ありがとう。」
いつも感情の薄い彼であるが今は眉をひそめ冷ややかな中にも顔全面に私に対する嫌悪を隠すことなく表に出して私を見る毛利くんに別れを告げると私は一目散に石田君がいるらしい部室へと向かう。軽快に、それはまるで春の訪れを祝う全裸で健気な女神たちが舞うように、軽い足どりで胸をときめかせながら。くたびれたリュックにかかっているボロボロのカエルちゃんのストラップが歩くたびに体をブラブラさせる。途中廊下を走っているのを片倉先生にものすごい剣幕で注意されたがそんな恐怖に目もくれず、私はただひたすら軽快に走った。しかしその心情は親友のセリヌンティウスを救おうと走るメロスのような切迫した使命感さえも感じていた。今日言わなければ、私は一生公開できる自身があったのだ。明日でもダメだ。仮に昨日やっていたとしてもダメだ。今じゃなければ、きっと私はダメになる。
「石田君いますか。」
部室の扉は開いていたので声をかければ男の子がひとり出てきた。彼は私を見るなり大きく目を見開き、そして辺りを見回した。背丈がかれの方が上なので私は自然と彼を見上げることとなり、彼は私を見下すこととなる。彼の額にはキラリと輝く汗が滲んでいる。青の胴着に身を包み、手には手ぬぐいを握り締めて。かすかに汗の香りがするが嫌な香りではない。仄かにソフランのいい香りがするのは、毎日清潔に洗濯しているからであろうか。彼は一年生の真田くんだ。彼は剣道部の一年でもスーパールーキーともてはやされているぐらい剣道に長けているらしい。非常に純情で部活動に実に熱心に取り組むんだと結構前に猿飛先輩に聞かされたことがある。猿飛先輩は彼と何らかの関係にあるらしいが詳しくは知らない。ちなみに猿飛先輩は私の所属する部活の先輩である。仲がいいといえばいい。まあ、メールとか良くする。ちらりと扉の隙間から見えた剣道部の部室は殺風景なもので、サッカー部や野球部みたいに雑然と汚くなく、実に清潔である。というのも、主将が実に厳しいので散らかせないのだとか、風の噂で聞いたことがある。部室にはほかにも数名人間がいるが各々休憩やら着替えをしているらしかった。どうでもいいことを刹那にいろいろ思い起こしながら、私は彼に今一度問いただす。
「石田君いますか。」
「石田殿は……。暫し待たれよ。」
彼はそう言って後ろを振り向いて部室を見回しているがどうやらいないらしい。彼は子犬のように困ってまゆをひそめると、こちらに向き直した。イケメンはどんな顔でも絵になるなあと思った。
「申し訳ござらん、しかしこちらにはいないようだ。道場の方はもう行かれたのか?」
「ううん、」
「そうでござったか。ならば、」
「私に何か用か。」
横の声に即座に振り向く。そこには四時過ぎの代々の銀糸に照らされた髪。青い胴着からは病的に白く細い腕が生えている。あ、居た。つぶやけば彼は片方のまゆを歪める。そして私を品定めするかの様に下から上まで舐めるように見る。そして不可解なように表情をこわばらせる。
「誰だ、貴様は。」
「あはは、嫌だな、同じクラスのみょうじなまえだよ。」
彼は突拍子もない失礼なことをいえばそばにいた真田くんはぎょっとしたように目を見開いた。しかし私はそんなこと予想の範疇とでも言うかのように尋常に答える。彼は底冷えしたような声色で口を開いた。
「誰だろうと構わん、今は部活動中だ。用があるならさっさと言え、そうでなくば早々に去ね。」
相変わらず姿勢の悪い猫背のまま彼は私に一瞥くれてそう言った。前髪が夕方の風になびく。サラサラと流れるように。彼の髪の毛はまるで銀河のお星様のように綺麗で透き通っている。いとも簡単に引っこ抜けそうに繊細だ。そしてその金緑の目はルーリン彗星のようにきれいだ。私がじっと見つめれば彼は不愉快だと言わんばかりに目を背けた。思わずふっと笑みがこぼれて、ああ、言わなきゃいけないことがあるんだと思い出した。


「私と付き合ってくれる?」


そう告げれば、横にいた真田くんが真っ赤になって、超新星爆発のような大きな声で叫んだ。

2013.01.03.

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