11 「おはよう、三成君。」 「……ああ。」 視線が合えば彼は少しだけバツが悪そうに斜め下を向いて、それからまた私を通り過ぎようとしたが何故かまた戻ってくると私と向き合った。こんな挙動不審なかれ初めてで思わずギョッとしてしまう。しかもいつも以上に歯切れが悪い。 「何、どうしたの?」 「貴様、」 「ん?」 「……きちんとセリフは覚えたのだろうな。」 「うん。」 「そうか。私の足だけは引っ張るなよ。」 「ふふ、わかってるって。」 なんだ、あれほど衣装嫌がってたのになんだかんだやる気満々じゃない、そういえば彼は少しだけ苛立ったように、それからまだ何か言いたげな表情をしてそのまま私の横を通り過ぎてしまった。石田君の白雪姫見ごたえありそうだな、そう思ったら思わず笑みがこぼれる。いけない、それよりも自分は全然練習に参加できなかったのだからリハーサルではみんな以上に頑張らねば。今まで散々石田君の白雪姫を心の内で笑い種にしてたけど、私とて何故か王子様なのだから。おまけに白雪姫の王子様で、おそらく石田君が必ず濃いといったのもペアーが私であるからに違いなかったのだ。彼の性格はあの通りまっすぐで、一応はやると決まったことは全うする質だから余計に私に助言を送ってくれたのだろう。きっと彼はメールでの約束通りやってくれるに違いない。今日は彼の大好きな豊臣先生と竹中先生や剣道部のあのちょっとちゃらい後輩君(確か島君だったか)に大谷先輩も来る。 「なまえ、今日は無理するなよ。目薬は打ったのか?」 「うん。ばっちりさ!」 ちらと後ろを振り向けばいつものドヤ顔を引っさげた幼馴染こと家康がいた。家康に親指を立てて健在ぶりをアピールすれば、まゆをハの字にして張り切りすぎるなよ、とも言われた。彼のお節介(保護者)ぶりも健在である。 「今日含めて二日で4公演だからな。何かあったらすぐ言うんだぞ。」 「うん、わかってる。」 「まあ、劇中は三成が常に傍にいるから大丈夫か。」 「あんまり迷惑かけないようにするけどね。石田君劇中多分集中してるだろうし。」 「はは、そんなことはない。三成ならちゃんとなまえを見るさ。」 わしゃわしゃと私の頭をなでると、ハイジの衣装を片手に廊下の向こうへと消えた。あ、やっぱりあれ着るんだなとおかしくて笑いそうになる。でもそんなことよりもリハ前にセリフの最終確認をせねばならぬと踵を返した。窓の向こうに真っ青な空の彩が見える。大丈夫だ、なんとかなる。これが終わったらプラネタリウムだ。目を閉じて息を吐いた。 2015.07.26. |