ゼログラビティ | ナノ

09

いつか人間がいなくなってもこの空は青いだろうか。夕日は相変わらず美しい橙だろうか。虹は七色なのだろうか。私には人間が居なくなえるエックスデーなんて知らない。でも、もし私自信がこの世からいなくなっても、この空は青いままで、夕日は相変わらず橙色で、虹は美しい七色であることは変わらないと思う。死ななくとも、私が光を失っても、多分この世は変わらず営み続けるだろう。でももし最後に網膜に焼き付けられるなら惑星が爆発する瞬間はこの目で見てみたかったな。
「、」
「やっと起きたか。心配したぞ。」
視界には見慣れない清潔感漂う室内の様子が見えた。そして、つんと鼻に届くアルコールの匂いもした。視界には笑顔の男が見えた。窓は穏やかな日差しが差し込んでくる。壁の時計は十二時を回っている。世界の色が見える。
「もう二度と家康の笑顔が見えないかと思った。」
「ハハ、何を言うんだ。にしても薬は忘れないように摂れ。今度は本当に見えなくなっても知らんぞ。」
「ごめん。でも忙しくて忘れてたわ。」
「三成が心配してたぞ。」
「そう。そういえば最後に見たの三成くんだった。」
「ああ。」
「迷惑かけちゃったね、ゴメン。」
「いや。みんなも心配していたぞ。体も大事にしないとだが、文化祭には出られるのかとも言っていた。」
「出れるよ。」
「ああ。」
家康はメールでもするのか新調のスマホをいじり始めた。彼の話では私が倒れてから一日眠っていたらしい。幸い休日をはさんでいたのでそれだけが救いだ。文化祭の準備を休んではみんなに迷惑をかけてしまう。おまけに最後の最後まで石田君には迷惑をかけたらしい。でももうこれきりであるのは分かっている。そう思うととても複雑な気がした。家康がくれたお水を一口飲むと、そばにあった籠の中からキットカットを選んで開封する。
「三成がな、」
「ん?」
「お前は病気なのかって、お前が倒れた時からずいぶんわしに追求してきてな。」
「なんて答えたの?」
「そりゃあただの貧血だろうと言ったが、案外勘がいい男だからな。」
「そう。」
「なまえがいつもミネラルウォーターを飲んでるのは薬を飲むためで、体育を休むのは病気のせいなんだろう、だと。」
「なんだ、石田君割と私のこときにかけてくれてたんだ。」
「ああ、それにあの日も青い顔をして教室を出ていくのを見たから可笑しいと思ったらしい。それでずっとなまえのことを心配して送りに来たんだろう。」
「うそだあ。だって石田君あの時はたまたま部屋の明かりを見たらって、言って、」
そう言って、急にめまいがして、激しい目の痛みに前かがみになってうずくまる。驚いたのはもちろんそばにいた家康で、私に近寄るとすぐにナースコールを鳴らした。
「おい、大丈夫か?なまえ!」
「……目が、い、いたい」
「目が痛むんだな、今すぐ看護師さんが来るぞ、しっかりするんだ。」
「おい、」
ガラリと扉が空いたかと思ったら、突然聞いたことのある声に思わず声の方向を向いた。するとうっすらと石田君が見えて、それからすぐに看護師さんが慌ただしく入ってきて、それから私の視界はまた真っ暗になった。










「石田君の普段着一瞬だけ見たけど、なかなかのファッションセンスだね。」
「…………。」
私が話しかけても返答は帰ってこなかった。ついぞ目はガーゼで覆われてしまって視界は閉ざされているけど、そこに人がいることはうっすらとガーゼの隙間から見える。大丈夫、まだ見える。先生が鎮静剤のようなものを射ってくれたおかげで今はずいぶん落ち着いている。家康は気遣ってこんびにに行ってくるといったまま帰ってこない。石田君はサイドテーブルに自分が持ってきたらしい見舞いの私の好むお菓子やミネラルウォーたのいくつか入った紙袋を置いた。
「……そんなに悪いのか。」
「ううん。手術すれば治るって。」
「……そうか。」
「でも今の時期しちゃったら文化祭も出られないし、冬までまとうって思ってて。薬渡されてたから。今まで安定してたんだけど、今になって急に具合悪くなっちゃった。」
そういえば石田君はまた黙ってしまった。さすがに表情までは見えないからどうしたものかといつも以上に私は饒舌になっていた。
「でも、本当に平気だよ。今もガーゼの上からやんわり見えるし、絶対よくなるって。あ、そっか。文化祭のこときにしてるんだね。大丈夫だよ。一週間も先なんだから、明日には自宅療養で月曜は学校出れないけど経過が良ければ火曜日は出れるし、絵もかけるよ。」
「ああ。」
「だからもう心配しなくていいよ。一人で平気だよ。家康もいるし、」
そういえば石田君が一瞬だけ嫌な顔をした気がした(もちろん表情時は見えないけど)。
「ポスターも完成したことだし、もう約束は果たされたんだから、私に構うことなんか構うことないよ。今まで本当にありがとう。あ、永遠の別れみたいだけど今までどおり普通にクラスメイトでいようねって意味だから。」
それでも一向に石田君は無言のままだったので、私は少しだけ視線を上げて窓の外に向けた。先ほどよりも暗くなっているのはきっともう時刻は夕方を過ぎているからだろう。窓から湿った空気と風が入り込んできて、もしやすると雨が降るのではないかと思った。静かな室内で空気清浄機の音がよく聞こえてくる。不思議と彼は生きている人間にもかかわらず気配は感じない。目を閉じればまるでこの空間にひとりでいるみたいだ。でも彼の小さな息遣いが少しだけ聞こえて、それに無性に安心した。それでも今は彼の筋力の目をまじまじと見つめることは無理だと思った。告白してから翌日の朝の、教室のことを思い出していた。
「おい。」
「何。」
「……今は家康が好きなのか。」
「はあ?なんでそうなったの?」
やっとのことで切り出された彼の言葉に思わず声を上げる。そうすれば想像以上に困惑したらしい彼が驚きを見せていた。
「ただの幼馴染だけど。」
私が続けてこう言えば彼は小さくそうかといった。なんだかいつも以上に今日は彼の様子がおかしい。最初からおかしいのは既に分かっていたのだが(それを含めて割と好きなんだが)。もしやするとやはり病人を前にどう接すれば良いかわからぬのかもしれない。
「もうしばらくは手術はないのだな。」
「え、うん。」
「文化祭を終えてしばらくないのだな。」
「うん。」
「……もし貴様の予定が許すのなら、今度、」
「いやあ、雨が急に降ってきてなあ。濡れる前に帰ってきて良かったよ。」
「あ、お帰り家康。」
引き戸が開かれて現れたのは家康の姿だった。息切れを少々しているのを聞くと走ってきたらしい。耳をそばだてれば、窓の外は少しだが降っているらしい。それからがたん、という勢いよく椅子から石田君が立ち上がる音がして窓から視線を移した。何やら不穏な空気を孕んでいる気がして、家康も少しん?と気にかけている。
「そうだ、お茶買ってきたんだ。三成がよく飲んでるノンカフェインの、」
「いらん!」
「え、いらんのか?あ、もう帰るのか?」
「貴様など知るか!」
そういって石田君は自身のコートを片手に家康を押しのけて出口に向かっているらしかった。
「い、石田君?」
「………火曜は必ず学校に来い。」
ぱたん、と引き戸が締まる。家康と顔を見合わせて、少しだけ笑った。



(ん、なんだこれ。)
(どうしたの?)
(……いや、なんでもない。三成の忘れ物だろう。)
(……何笑ってるの?)
(なんでもないさ。ふ、)
(何よ、目が見にくいからって意地悪。)


2013.02.18.

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