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捨て猫

嘘はつかなかった。ありのままのことを話せば、普通の人は驚いて、それから自分の手には負えないと悟って、警察に届けるなり、早く帰りなさいと諭すなりする。優しい人でも、送ってくれる人もいるけれど、それは優しさという名の残酷なんだと、私は思っている。優しいことを自分ではしているつもりで、確かに実際それは正しい事なんだろうけれど、された人にとっては、それが何よりも苦痛だったりする。それでも、おじさんの膝の上にいるサビ猫をなでながら本当のことを話した。公園の時計はもう深夜を回っていた。薄手のワンピースじゃ寒いくらいだった。おじさんは私に上着を貸してくれた。とっても高そうなジャケットだった。くんくんと嗅げば香水の香りと一緒に煙草の香りがした。けれど、おじさんの横にあるスーパーのレジ袋とは少し不釣り合いな気がした。でも私はそれがかえって好きだと思った。おじさんは「ミケさん」というそうだ。おひげのお顔には似合わない可愛い名前で、それも好きだと思った。とにかく、私はこのベンチに座ったおじさんを、みけさんを、大好きになりかけていた。

「みけさんは猫好き?」
「分からん。」
「ふーん。」

たまに質問をするけれど、みけさんは一言二言で会話をやめてしまう。でも、私の話には静かに頷いたり、時折お鼻をすんすんさせた。私はみけさんのすんすんは相槌だと思うことにした。おじさんは私の話を最後まで聞くと、そうか、と一言いって、ポケットからタバコを取り出した。そして口に咥えると手際よくライターで火を点けた。ライターはコンビニで売ってる百円位のやつじゃなくて、高そうな銀色の四角いやつだった。みけさんはとても静かで、全然びっくりしていなかった。その反応が私はかえって嬉しくて、それからむしろ自分が驚いた。みけさんはタバコをしまうと、ふう、と煙を吐いた。みけさんの視線は相変わらず私ではなくて、どこか中を見ているようだった。考え込んでいるようにも見えた。でもお膝の上に乗ってる猫は絶えず優しく撫でていた。一本煙草を吸い終わると、ポケット灰皿に入れて、それからすっと立ち上がった。お膝のさび猫は、にゃあんと一声ないて、みけさんの足元にぴょんと移動した。ああ、やっぱりメスだったんだなあと、この時はっきりわかって、そう思った。

「帰るぞ。」
「うん、ばいばい。」
「お前もだ。」
「おうちに?」
「俺のな。」
「お泊り?」
「お前だけな。」
「みけさんはどうするの?私だけ自分のおうちに残して。」
「俺は、どこでも構わん。車でも、別にここでも。」
「ダメだよ、そんなの。」
「お前がここに居る方がダメだろう、どう考えても。」

ほら、そういってみけさんは行こうと私を促した。私はみけさんの考えていたことに少し驚いてはいたけれど、でも抵抗はしようとも思わなかった。怖くないわけじゃなかったけれど、でもみけさんは私に興味なんかないことくらいみけさんの顔を見ればわかったけれど、一応自分にも最低限の常識は備わっているので、見ず知らずの人の家には泊まれない。それが自分よりも年の離れた異性ならなおさらだ。こんな時間に、こんな格好で一人でいる時点で警戒心もなにもないだろうと言われるかもしれなけれど。

「まさか今更警戒してるのか。」
「……違うよ。でも、私がみけさんの家で寝て、そのせいでみけさんが外で過ごすのは間違ってると思うんだもの。」
「ふん。」

みけさんは少しだけめんどくさそうな顔をしたけれど、直様まあとにかくここでじっとしても寒いだけだからと歩き出した。相手をしてもらえなくなったメスのサビ猫が今度は私の足に擦り寄ってきたので、それを抱きかかえると彼についていく決心をして立ち上がった。みけさんはすでに公園から出ていた。話の感じから、みけさんのおうちはここからそう遠くないようだ。私はみけさんの少しだけ後ろを歩いた。

「なんでそれまで連れてきたんだ。」
「だめ?」
「ダメではないが、」

それを言ったきり、みけさんは何も言わずに仕方がないといった様子でため息を吐いた。みけさんは後ろにいる私を見たわけではないけれど、私が猫を抱きかかえていたことは把握していたらしい。どうして分かったの?と敢えて聞いてみたら、匂いでわかる、と一言言った。

「やっぱりお鼻がいいんだね、みけさん。」

今度は返事はなかった。すん、とおはなをすする音がした。みけさんは足が長いから歩幅が私と全然違うけれど、ゆったりと歩いていた。もしここでおまわりさんにすれ違ったら、親子と間違われるかもしれない。いや、もし顔が似てないとわかると誤解を受けて、おじさんが大変な目にあうかもしれない、とか歩きながらいろいろ考えた。みけさんは特に気にしていない様子だったけれど、人目につかないようにわざと心なしか大通りは避けて、裏の路地を歩いているように思えた。もしそれが態とならば、きっと私に対して気を遣っているのかもしれない。そう信じたい。

「みけさんちってここ?」
「ああ。」
「みけさん一人暮らし?」
「そうじゃなければ、お前を連れて行こうなんてしないぞ。」

それもそうかと笑って、みけさんに促されて目の前にあるタワーマンションに足をすすめた。みけさんのおうちはいわゆる高層マンションというやつだった。やすいボロアパートだったらどうしようと、内心思っていたのだけれど(まあそれでも別にいいやと思っていたけれど)、真逆のモノが目の前に出現して素直に驚いた。でも確かにみけさんには釣り合う物件だ。ハイブランドのスーツを着ているかっこいいおじさんは、住まいも違うんだなあと、存外冷静にこの状況を分析していた。

「ここからだと駅が近いね。」
「ああ。今は裏手から入ったからわからなかったろうが、一、二階はスーパやらなんやらがあるぞ。」
「あれ、もしかして百円ショップもあったりする?」
「ああ。二階にあるな。」
「通りで。来た事あるなあって思ってた。あ、猫大丈夫?」
「ああ。だけど離すなよ。」

うん、と返事を返したと同時におじさんはキーで扉を開けるとなんとかやっとこのタワーマンションの居住者の区域に入れた。エントランスを突っ切れば、目と鼻の先にエレベーターの扉が見えた。お掃除が行き届いていて、銀色の扉はピカピカしいた。この時間だからすれ違う十人もいなかった。おじさんは最上階に角部屋に住んでいるのだと聞いて素直に喜んだ。やっぱり高給取りなんだなあと心底感心して、お金持ちだ、と言ったらフン、といやあな笑みを見せた。エレベーターから夜景が見れるといいなあとワクワクする。

「そういえばなまえ、」

みけさんに呼ばれて横を向く。そういえば、みけさんに名前呼ばれるの今が初めてだとぼんやり思った。

「お前、学校はどうしてるんだ。」
「うーん。行ったり、いかなかったり。」
「それはまずいだろう。」
「えへへ。」
「余計な世話かもしれんが、義務教育ぐらいは終わらせるべきだと思うぞ。」
「義務教育?」
「ああ。中学ぐらいは卒業せんと、」
「みけさん、」
「ん?」

機械音が聞こえたかと思うと、目の前の扉がゆっくりスムーズに開いた。思ったとおり、中はガラス張りだった。機械音とエレベーターの開いた音に、腕の中のさび猫は目をまあるくさせて、かわいそうに少しおっかなビックリという様子だった。

「私、高校生だよ。」
「……は、」
「高校生、なんだよ?」

もうすぐ17歳になるんだ、そういえばみけさんはこの時初めて、腕の中のサビ猫と同じような、心底驚いたようすを見せた。


2014.02.22.

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