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三毛

いつも売れ残ってしまうのだそうだ。でも多方理由はわかる。名前のとおり、その体の斑のような模様のせいだろう。人気なのは白とか黒とか、グレーとか、色の混じりけのない愛される美人は真っ先に人の手に渡り、最後に残ってしまうのがこの種類なんだそうだ。白黒はっきりしないぐちゃぐちゃな斑。

「私みたい。」

にゃあん。膝の上のサビ猫が一声鳴く。視界を向ける前に匂いを嗅ぐのは幼い頃の癖だ。既製のシャンプーの匂いと交じる、自分が吸うのとは違う銘柄の煙草の匂いと、アルコールの匂いがする。匂いはさらに強くなった、と思ったときには既にそれは自分と肩を並べるように横にいた。

「コイツの飼い主か?」
「ううん。野良猫だもん。この子。」
「じゃあ、なんで。」

さっきの一言を、そう言いかけて初めて隣を見た。そこには声の通りのか細く色白で不健康そうな小さな肩を覗かせた小さな頭が見えた。風でシャンプーの匂いが強く香る。ゆらゆらと細く白い足が揺れるたびに長椅子が軋んだ。少女の頭上の向こう側にある誘蛾灯に蛾たちが群がり落ちていくのが見えた。少女はしばらく足をバタバタと忙しなく揺らしながら猫をなでると、それから頭上の空を仰いだ。群青色に染まった空には、切れ切れの雲間に月が見えた。朧月夜だ。

「明日は雨だね。」
「ああ。」
「……帰らんのか?」
「うーん、帰れない。」
「なんでだ。」
「おウチもう閉まってるもん。」
「ふん。」

猫が膝の上で一声鳴いて、それから膝の隣にあったコンビニ袋に興味を示した。中には缶ビール数本と買ったばかりのタバコしか入ってない。すまんな、そう言って笑えば猫はまたにゃあとないたが、それが落胆なのか、はたまた別の意味なのかわからない。そもそも自分の言葉を理解してるのかさえわからない。わからないといえば、隣にいる少女だ。でも分かることはひとつだけだ。

「朝までここにいる気か?」
「うーん、たぶん。」
「たぶん、か。」
「うん。」
「そうか。」
「うん。」

えへへ、少女はそう言って笑った。相変わらず色白で血色を感じない頬に僅かにエクボが見えた。それからヨレヨレのワンピースの隙間から、彼女の鎖骨と、その奥の胸の痣も。

「確かに、お前に似てるかもな。」

そういえば少女は頷いた。顔は膝にいる猫を見ていて表情は見えなかった。彼女がかがむと胸元が見えた。華奢なクセに胸はふっくらと膨らんでいる。ブラジャーは、つけてなかった。かすかに見えた突起は、案の定きれいな色をしていた、気がする。

「おじさんはなんて名前なの?」
「……ミケ。」
「え?」
「ミケ、だよ。」

はっきりとそういえば、少女はその目を自分にまっすぐに向けた。そして嬉しそうに笑った。目はもともと大きいようだが、やせ細っているせいか余計にそう見える。彼女の顔をきちんと見るのは、今回が初めてだった。

「おじさんも、私とこの子に似てるね。」

バチバチと鳴る誘蛾灯の音は、自分の心の葛藤と重なるようだ。


2014.02.20.

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