うちの部下が反抗期なんだが | ナノ


女がいる。いや、ナースだのなんだのはこの船の上で見ることは珍しくなかったから語弊があるかもしれない。時折視線を感じればそこにいる、小柄で華奢で、こんな男臭い酒臭い潮臭い海賊船なんかにいるような女ではない女だ。

「マルコ、あいつ…。」
「ああ、みかんのやつだねい。」
「みかんっていうのか。」
「おまえより一つ下だ。可愛い妹だろう。二番隊だから、可愛がってやんな。」

そう言ってマルコが優しく笑んだので、おそらくこのみかんというやつはいいやつに違いないのだった。確かに見た目は可愛いし、男所帯のこの船ではきっと可愛がられているのだろう。あいつの周りにはいつも仲間が笑ったり、でれでれと鼻の下を伸ばしたりしていた。ナースほど肉感的ではないが、正直顔も可愛いし、密かに気に入っていた。話したことなかったが。

「みかん。」
「…エース、」

たいちょう、と未だ慣れぬふうにそう言ってみかんはごしごしと目をこすった。静かな夜には月がおぼろげにこちらを照らしている。寝ずの当番だというのにこいつは夜風を遮るブランケットを羽織ったまま、そのままうつらうつらしていたらしい。まあ当番などほかにも何人もいるだろうから一人寝たところで支障はあるまい。見晴らしのいいここでは星空がよく見えた。

「眠いのかよ。」
「……はい。」

そういえば自分の部下に女が加わるのは珍しいことであった。まあ自分は部下というよりも仲間として考えているから関係ないが、今まで男ばかりと接してきたので正直女はどう接すればいいかわからないのも本音であった。

「なあ、お前はここ来てどれくらい経つんだ。」
「うーん、ちょうど五年目くらいですかねえ。」
「そうか。」

クルー歴では完全にこいつが上だが、自分は上司であった。としも俺のが上だし、ルフィのように俺が兄らしく面倒を見てやろうと、未だあどけない眠そうな顔を見てそう思った。こいつとは仲良くなれそうだと安堵したとともに、思わずやわやわとふわふわした頭に手を伸ばした。猫のような触り心地である。ああ、やっぱコイツ可愛いな。部下でラッキーぐらいに思った刹那、みかんはかっと目を見開くと、俺の手をぐいっと引っ張った。突然のことと、殺意のなかったことに思わず為すがままであれば、視界は反転し、見下ろしていたはずの横顔を、今度は見上げる形となっている。にわかに信じ難いが、つまり、こいつは今、俺に馬乗りとなっているのであった。

「な、みかん…?」

何すんだと次を紡ごうとした刹那、みかんは掴んだその手をいわゆる恋人つなぎをして、それから自分の顔を俺の顔へと近づけた。こいつ、何する気だといい加減反撃を噛まそうとした刹那、またもや俺は力の抜ける展開となった。

「ふう、」
「っ!?」

まさかキスをされるのではと驚いた矢先、その唇は唇をかすめ俺の右耳へと向かってふう、と生暖かな吐息を吹いた。声にならない声を叫んだその直後、女はそれまで崩さなかったポーカーフェイスをすっと緩やかに口角を上げて妖艶な笑みを浮かべ見下ろした。

「隊長、」
「、」
「もしかして、童貞ですか?」
「な……!」

訂正、スゲエ嫌な女だコイツは。








「ていうのを思い出してすげーいらいらしてきたわ。」
「あー、そういえばそんなこともありましたねえ。」


いらいらを隠さぬ俺とは対照的に、隣の女はあいも変わらず飄飄とした態度で隣でホットココアを楽しんでいる。湯気が夜風に揺れて甘い香りがあたりに満ちていた。冬島が近いせいか気温は随分落ち込んでいて、不本意ながら大きなブランケットをこの女とシェアし寝ずの番の当番をしていた。

「あ、そういえば、隊長あの時、」
「あん。」
「答えてくれませんでしたよね。」
「何の話だよ。」
「ほら、もう忘れたんですか。童貞ですかー?てきいたら、あの後うるせえ!とか言ってプリプリ怒って行っちゃったじゃないですか。」
「……あー。」

そういえばあの後驚きと怒りでその場を離れた記憶がある。それも当然だ。こいつが失礼な質問をするから悪いのだ。教えてやる義理もねえ。つうか仮に童貞だろうがなかろうがだからなんだってんだよ、小学生かコイツは。

「そういうお前はどうなんだよ。どうせ処女だろ。」
「処女ですよ。」
「ぶ、」

思わず飲み込もうとしたコーヒーを吹き出した。コイツ、なんでそんなプライベートを暴けるんだよ。

「う、うそつけ。男所帯なんだぞ、お前、ホントは喪失してんだろ?」
「してませんよ。寝込みを何度か襲われたことはありますが、その度にその輩のアバラ三本は折るようにしてるんで。」
「………。」

通りでコイツの部屋には俺以外の男があまり近づかないようにしていると思ったと妙に納得する。そういうことか。まあ、こいつ俺を騙そうとする以外は基本的に嘘つかねえしなとも思った。

「だから安心してください。」
「いや、なんで俺が安心すんだよ。」
「無くして欲しい時には隊長に真っ先にお願いしますので。」
「はあ?何言ってんだよお前。」

ふふ、とにこやかに笑う赤いその鼻が癪だったので、いらだち混じりにつまんでやればうう、と顔を顰めた。冗談にしても生娘が笑いながら言うことじゃねえだろ信じらんねえつうかどきってなんだどきって俺の心臓鳴り止めこのやろう。

「ああ、それと、エース隊長もちゃんとその時は言ってくださいね。」
「は?何が。」
「童貞卒業のお手伝いぐらい部下の私が努めるのは当然ですしね。」
「つうか童貞決定かよ。」



弄ばれてしまうのはなぜですか?



コイツに翻弄されてるとか、人生の汚点でしかねえ。


2015.10.12.

prev | next

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -