ゴミ袋を両の手で持ちエレベーターで階下に降りる。明日ゴミの日なので、ゴミステーションに今日のうちに出しておこうと思い今に至る。前は慌てて当日の早朝に出していたが、今はマンションなのでその心配はない。鍵付きなので誰に見られることもカラスにあさられることもない。ゴミステーションいつもどおりゴミを投下し、そのまま帰宅しようとそのままエントランスに向かおうとした矢先、通りの電柱の陰から視界の端で何かが幽かに動いた気がしたので思わず視線を上げる。 「………。」 しかし、物音もせず、何もない。 「(最近、こういった誰かに見られているような気がするけど、気のせいかな。いや、多分試験期間だったから疲れているんだな、きっと。ストレスって本当に神経と美容の大敵だわ……。)」 そう思いながらため息を吐くと、両の手で頬のシワを伸ばすようにしながら家へと急いだ。 第十一話 見る前に跳べ 「そういえば、イケメンのお隣さんは?デートに行ったって聞いたきり全然聞いてなかったね。」 「そういえばそうですねー。」 「あら、最近は全然会わないの?」 「いや、何だかんだ頻繁には合うんですよ。何しろ隣なんで。でも医学生で忙しいだろうと思ったらそれきり遊びにも誘えなくて。自分の方もテスト期間入っちゃって。なんかあの時のデートの時はいけそうな気がしてたんですけど、やっぱ日があいちゃうとダメですねー。」 やっぱそう簡単に親密になんてなれませんよねーと笑えばマキノさんは苦笑いを見せた。マキノさんはお店をしているだけあってすごく話しやすいし聴き上手なのでついついいろいろなことを話してしまう。 「なんだよ、随分景気のいい話ししてんじゃねえか。」 「全然景気よくないですよー。思い通りにならなくてむしろフラストレーション溜まりまくりなんですからあ。」 「男なんて女から誘われりゃあ大概乗るぜ?」 「うわあチャラ男。」 私が引くわあといえば目の前のそばかすの男はくつくつ喉を鳴らした。隣では見覚えのあるような豪快な食べ方で以下の丸焼きを咀嚼する男も一人。因みにカウンターの中でも何故か張り合うようにいか焼きを喰らうルフィの姿があった。仕事中だぞ店員。 「それはモテる人なら出来るかもしれないけど、私には無理ですよ。」 「なんだ、そいつ草食系≠ネのか?」 「いやいや、むしろその真反対な見た目ですよ。ね、ルフィ。」 「んあ、俺は草より肉派だな!」 「アンタのは物理だよね、完全に。」 サボさんの質問に答えようとしてこの子を引き合いに出した私が悪かったんだと生暖かな目をして反省をする。隣では俺も草食なんて柄じゃねえからなーとか、とどうでもいい自己アピールをするエースさんにも生暖かな視線を注ぐ。相変わらず顔なじみの多いこのお店は、今日も今日とてほそぼそと繁盛している。 「彼からは何も言わないの?」 「うーん、特には…。」 マキノさんのまとまな質問に少し安心する。ああ、そういえば、マンションでゴミ出ししたり外出したり、帰ってきたりするときに会えば普通に挨拶は返すし、微妙に世間話もするけど存外それ以上の発展はなかった。彼はここ最近荷物が重そうなのを見るとやっぱり勉強詰めっぽいのであんまり長話するのも気が引けて、自分から話を早めに切り上げるようには気を遣っている。ローさん最近私がじゃあまた、といえば何やら言いたげな顔をしてるけど、なんでだろ、というところを話したところで不穏な空気を察知する。あれ、今度は私がみんなに遠い目で見つめられてるんだけど気のせい? 「……みかん、お前ェな、そんなとこで無自覚ヒロイン決め込まなくていーんだよ。」 「はっ?な、何ですか急に!」 「なんかもうその男が気の毒だな……。」 「やめてください、そんな目で私を見ないでください。」 「みかんちゃん、自分からチャンスを逃しちゃってるわよ?」 「マキノさんまで…!」 「イカ飽きた、エース、サボ、肉頼め。」 「お前に限ってはもう話さえ聞いてねえ!」 解せぬ。 「お前から今度は誘え、これ宿題な。」 「えー、」 「来週の金曜に結果聞くからな。」 「ええー、んな勝手な!」 ・ ・ ・ という酔っぱらい達(エースさんとサボさん)の戯言なんて普通に流せばいいか。いや、でもまた二人でどっか行きたいし、そうじゃなきゃ隣人以上友達未満の関係で終わってしまう。ここまで奇跡的にトントン拍子に進んでいたんだけどなあ、テストは流石に不可抗力である。とはいえ自分から何もせず寝てチャンスを待って成功する例なんて白雪姫や眠れる森の美女ぐらいである。現実世界はそう甘くはないのだ。 「とは言ったものの……。」 そう決意した時に限って全然会わない。あれまで朝や帰りやゴミ出しの時にあってたのにここ三、四日は全然彼と顔を会わせていない。運命のいたずらとはかくも残酷である。あーあ、これ完全に運が邪魔をしている気がする。マル●ツの中で籠の中に納豆を入れながらしみじみ思った。そういえばそれ以前にあったローさん、いつにもまして隈が濃く痩せて見えたけど、あの人ちゃんと食べてるのかしら。そう思いながら鮮魚コーナーを通過した直後、右側に視線を感じて思わず反射的にそちらを向いてしまった。 「…………?」 案の定そこには誰もおらず、夕飯の買い出しに急ぐ人々の姿が入れ替わり立ち代り見えるだけだった。 「(まただ……、疲れてんのかなー。)」 そう思って歩きだそうとした刹那、横から聞いたことのある声がしたので、思わず肩を震わせた。 「みかん。」 「うわあ!あ、ローさん!」 「うわあってなんだよ。」 「ああ、いえ、急に声をかけられたのでビックリしちゃって。」 どきりと心臓がはね、思わず声が上ずる。頬もいくらか熱くなっているのが分かって気恥ずかしい。そこには見覚えのある長身の相変わらず人を視線で殺せそうなほど鋭い目つきをした男の姿があった。彼は牛乳一本を手に取り私の前に立ちはだかっていた。なんだか生活感の余りない彼のその姿は実にシュールである。ていうかまさかここで出会うとは、心の準備が全然出来ていないんだがと額に汗がにじむ。 「ローさんも夕飯の買い出しですか?」 「ああ…それよりみかん、お前今何か見て、」 「はい?」 「いや、なんでもねえ……」 「…………?」 ローさんはその鋭い目を細め、私が見ていた場所をしばらく見ていたが、やがてこちらを向くと何事もなかったかのようにさっと歩き出した。私も流れでついて行く。というよりもついて行かざるを得ない。せっかくの機会だからまたどこか行きましょうとさそうチャンスである。 「ローさんは試験終わりましたか。」 「いや、ギリギリ月末まである。」 「医学部って本当に大変ですねー。私は今日で全部試験終わりました。」 「もう夏休みか。」 「はい。」 そんな世間話をしつつ、会計をすませる。因みにローさんは本当にメ○ミルク一本しか買わなかった。今日も今日とてバイクできていたので、ローさんに一緒に帰るよう誘った。今日は前回と違って素直に申し出ることができた。しかしローさんはいや、と言葉を濁し、腕時計を見た。 「みかん、このあと暇か。」 「え?はい。あとは夕飯の準備してって感じです。」 「生物ねえよな。」 「はい。」 私の買った買い物袋の中を検め、彼はアイス等の溶けるものもないことを確認すると、自分のメ○ミルクと私の荷物をトップボックスに入れるよう指示し、私のバイクを押した。 「なら少し付き合え。」 「え、どこいくんですか?」 「酒飲めんだろ。」 「はい。」 「すぐ近くにいい店がある。」 行くか?と口が動き、彼のセクシーな口角が上がる。もちろん、私の返事はひとつしかない。 「はい!」 私の返答を聞くと私にヘルメットを渡し、自身もフルフェイスのヘルメットを被るとエンジンを吹かした。まさか、バイクがあるのに本気かと言いたいところであるが、願ったり叶ったりの状況でもある。帰りはどっか駅前の駐輪場に停めるか押して歩いてもどうせ二十ぷんとかからないからいいかーと軽いノリで当たり前のように後ろに跨った。この際考えるのは後にしよう。それにしてもローさん自分の牛乳はいいのか。 2015.09.16. |