終わりは始まり 「お前こんな日だってのにまだそれつけんのかよ。」 「ちょ、何勝手に入ってきてんの!?まだ準備できてないからバカ!」 「馬鹿って言うほうが馬鹿なんだよ、バーカ。」 ちょ、お姉さんたち笑ってるからマジでやめろ恥ずかしい。とはいえ今の私は容易に動ける状態ではなく、大変残念ながら微動だにせずお座りを決め込んでいた。対するそばかす馬鹿野郎は悠長にそのへんの椅子に腰掛けるとテーブルに置いておいた私用の段取りスケジュール帳を勝手に開き見ている。誰かこの好き勝手な男を私の代わりに叱ってやって欲しい。 「ピアスは別のものをとおすすめしたんですが、ご本人のご希望で、彼からもらった初めてのプレゼントだからどうしてもとご依頼されましてそのままにしておきました。」 「…ヘェー。」 「ぎゃああ!ちょ、お姉さん何言っちゃってくれてんの!」 「ああ、済みません、これは内緒でしたね。」 私が動けぬからといって皆私を虐め過ぎてませんか?明らかにおもしろおかしそうな目でアイツ見てますよ、お姉さんという視線を向ければ、メイクのお姉さんは相変わらずニコニコした表情で私の髪の毛をセットしている。その間母やその他兄弟たち、スタッフさんたちは忙しそうに部屋を行き来している。周りの皆がこれだけ忙しそうなのに、私たちだえがこれだけのんびりしていると本当に晴れの日なのかイマイチ実感を感じることなどできないし、緊張感さえない。当のアイツに至っては、私が今ちょっと目を離したすきにテーブルに突っ伏して寝始めた始末である。本当にこいつやる気あんのかコラ。 「では、ヴェールは直前にかぶせますのでこのままにしときますね。」 「はい。」 「今ネックレスとティアラはめますので。」 「お願いします。」 まだ当分動けそうにないなと窓の外を見やる。外では溢れんばかりの日差しが降り注いでいる。チリ一つないこの精錬されたこの場所に、今、自分が存在していることが本当に信じられない錯覚に陥ったが、直様外から賑やかな声と皿やグラスがぶつかり合う無数の音とどんちゃん騒ぎを耳にして現実に引きも出された。まあ、こうなるだろうことはもう予想していたのだから、かしこまった形式をとっぱらって好き放題のパーティー形式にしたのだ。本当に賢い選択だったと思う。 「今日は本当に晴れてよかったですね。」 「え、ええ。確かに。まあ、あいつもこの通りですから、天気はあんまり関係なかったかもですね。」 「ふふ。私もこの仕事をして十年経ちますが、こんなに賑やかで楽しいのは初めてですよ。」 「はは……お恥ずかしい。」 「いいえ。素晴らしい人たちばかりではありませんか。お二人だけでなくて、皆幸せそうで。」 「まあ…、確かに。そうですね。」 照れながらそう言えばお姉さんはにこりと笑ってコロンを私にふりかけた。ああ、なんだか照れくさいな。ここで初めてこう思った。怒られたりするのは慣れているが、褒められるのはあまりなれない。 「お似合いですよ。」 「そうですかね、えへへ。」 「ああ。なかなか似合よい。 「馬子にも衣装ってやつだな。」 驚いてパッとうしろを向けば、見慣れたパイナップル等が気づかぬうちにぞろぞろ揃っている。なんなんだここは。誰も部屋の警備ユルユルすぎるだろうが。日ごろ適当な珍しく彼らもやはりここは常識を持っていたのかビシッとスーツを着こなしている。エースの近親者も多くの友達も皆だいたいガラの悪い奴らばっかだから、スーツを着て集まる姿はさながら893のような感じなんだろうなと思ったら思わずクスリと来るのだった。 「ま、マルコとサボには申し訳ないけど、お先に行きますね、アテクシ。」 「よく言うぜ。あん時は死にそうな顔して捨てられるだの分かれるかもだの言ってたくせによ。」 「ちょっと、晴れの日にそんな言葉言わないでよ!」 「どうせ信じてねえだろうが。」 くつくつ笑うこいつらを通常ならば殴ってやってもおかしくないが、運のいいことに今の私は大変機嫌がいいので寛大にも許してやった。さすが、菩薩の化身と言われた私である。言われたことないけど。 「ルフィたちは?」 「あっちで肉食ってる。」 「通常運転だな。」 「まあな。」 「畏ってるよりかはいいだろい?」 「うん。いつもどおりでいいよ。そっちのが嬉しい。」 そう言ってようやく動いていいお許しがメイクとヘアーのお姉さんから出たので立ち上がる。そうすれば母やら女友達が寄ってきて、皆一様にスマホやらデジカメやらで写真を撮り始めた。 「あと一時間後にお披露目ですがご準備はよろしいでしょうか?」 びしりと制服を身にまとった支配人のような男の人がノックをしてこちらに伝えると、私は弄っていたスマホを妹に預けた。始まる前にトイレに寄りたいし、会わなきゃいけない人もたくさんいる。あ、そう言えば今日の「準主役」(あくまで私が主役である)のアイツは?と思って見回せば、あろうことか今の今まで眠っていたのかマルコとサボに起こされていた。が、なかなか起きなかったので先ほど様子を見に来ていたガープさんに制裁鉄拳を食らわされようやく起きた。ついぞ真のバカだったことが証明されたか…と思わず遠い目で彼を見やる。まあ、ぎゃあぎゃあ騒がれるよりかはおとなしく寝ててもらったほうがマシであったか。 「なまえ、こんな馬鹿だけど本当にいいのか?引き返すなら今じゃぞ。」 「あはは……。」 「まあ、こんな馬鹿でひねくれもんでもどうか見捨てないでやってくれ。」 「いいえ、こちらこそ。」 「ああ。なまえ、本当に綺麗じゃな。アイツはひねくれとるから言わんだろうが、きっとワシと同じくそう思ってるぞ。」 エースを殴り終わった直後にガープさんはそれだけ言うと、じゃあ、また後でな、とルフィとそっくりの眩しい笑顔でさっそうと去っていった。さすがガープさん、と思わずキュンとしてしまう。なんであんな素敵なおじいちゃんから、この三兄弟はこんなざまなのか未だに謎である。 「ジジイになんか言われたか。」 「何も。」 「あ、やべ。出る前に親父に顔見せてやってくれねえか。さっきマルコにもう親父が来てるって言われたんだ。」 はは、と嬉しそうにそう言ってとなりのそばかすは部屋の扉を開けた。 「もう恋人気分は今日限りで終わりだから、いい加減大人になってね。」 「こっちのセリフだなそりゃ。ついでにお前はピーピー泣く癖も今日限りで終わりにしとけ。」 「私はあんたの分まで泣いてるんだからいいの。」 「なんだよそれ。」 ヒール歩きにくいなとつぶやけば彼はそっと腕を引いてくれた。 「あ。指輪忘れてないよね。」 「はあ?忘れるわけねえだろ。もう昨夜からそればっかだな。先が思いやられるぜ。」 「あんた学生の頃から忘れ物ひどかったから。」 「お前こそよく宿題したのに忘れてたろうが。」 「してない上にもって来ない奴に言われたくないわ。」 「いいんだよ俺は。お前はダメだけどな。」 「何それ。自分勝手。」 「今更だろ。」 「先が思いやられるわ。」 「お互い様だな。」 そう言えば彼はまた笑ったので、私は泣いた。ああ、嬉しい時にも涙って出るんだな。今更だけど思い出した。あの時もそう言えば私は泣いていたんだもんなあ。 ・ ・ ・ 駅前のターミナルで、見慣れた黒光りのする新車(私は免許を持っていないので車詳しくないけどなんか有名なとこのスポーツカーだとか言っていた。これの購入に際してもこいつとかつて喧嘩した)が見えた。 「エース。」 「おう。来たか。」 「うん。」 「前から言おうと思ってて言えねえから、これが最後だと思って聞いとけ。」 「……うん。」 「お前は本当にゴミ出せだの、洗濯物出せだの、パンツ投げとくなだの母ちゃんみたいに口うるせえし、」 「それはエースが掃除しないからゴミだけでも出して欲しいし、洗濯物出さないとカビ生えるし、パンツは部屋やろうかに脱ぎっぱなしだから。」 「だァァ、聞けって!どこまで言ったか忘れちまったけど、お前は甘えたで面倒事は俺に押し付けるし、気分屋だしわがままだしよ。そのくせ時たますげえ素直でバカみたいに可愛げがありやがるから、高校ん時にやったピアス未だに使ってるし、大学ん時にやったテ○ドのぬいぐるみも未だに捨てねえから埃だらけだし、」 「………。」 「すぐ泣くし、あほだし、おっちょこちょいだからたまに魚焦がすし、」 「ちょっと待って途中から悪口なんだけど。」 「でもすげえ俺の家族や友達のガラの悪いの気にせず仲良くやってくれるし、親父を好きでいてくれるし、俺がしんどい時も黙って傍にいてくれるし、」 「………。」 「兎に角、俺はお前が必要だ。お前も俺が必要だろ?」 「何その上から目線…」 「だから、いい加減腹決めて、俺とずっと一緒にいやがれ。」 「…………。」 「…………。」 「…………。」 「………なんか言えよ。」 「……なに、これ。」 「何ってお前ェ…プロポーズ?」 「………マジ?」 「おう。」 「…………。」 「…………。」 「…………。」 「……なんか言えよって、なんで泣いてんだよ。」 「……うるさいっ。もう私がどんな気持ちでここに来たか!」 「知ってるよ馬鹿。どうせ馬鹿な勘違いしてるだろうと思って、だから今言ったんだよ。」 「馬鹿っていう方が馬鹿なんだよ!バーカ!」 「お互い様だろ。」 「笑うな馬鹿!でも、しょうがいからこれからも一緒にいてあげる…」 「素直じゃねえな。」 「お互い様でしょ。」 「違いねェ。」 2015.09.04. |