短編格納庫 | ナノ



なまえはとてもきれいな子だった。


アカデミーのころの彼女はとてもきらきら輝いていて、僕は会うたびに眩しくてうらやましかった。こんな性分のせいか僕は大体引きこもっていて、女の子とはほとんどつながりがなかった。そんな中で彼女と知り合えたのは本当に奇跡に近いと思う。出会いのいきさつはよく覚えていないけれど、たぶん、彼女はエドワードつながりで知ったんだと思う。

彼女は長くてつやつやな黒い烏みたいな髪を束ねることなく靡かせて、廊下をすたすた歩いていたのを見たのが彼女を見た初めての瞬間だった。もともと痩身で、色白であったせいかとても目立っていたと思う。彼女は可愛らしい小さな膝小僧を出した短いスカートを翻して、秀才そうな赤縁のメガネをかけていた(あれはどうやら伊達メガネらしい)。でもそのメガネさえも黒髪に映えて似合ってたり。

彼女はあまり友達といるタイプではなかった。だがかといって人間関係が悪いわけでも無かった。それなりにみんなと交流はあったし、少なくとも僕よりかは友達は居た。でも僕が見る彼女はいつも一人ぼっちだった。

「イワン君だっけ。」
「え、」

彼女が初めて話しかけてくれたことを、僕はあまり覚えていない(酷く緊張していたからだと思う)。これ以前にも彼女とは接触の機会はあったが、いずれも僕は話せなかった。それについて友人のエドワードがほとほとあきれていたのはよく覚えている。放課後。帰り際のことだった。彼女は僕に当たり障りのない話をしたような記憶がある。それから彼女は僕と友達になりたいというような旨を伝えると、そのまま去ってしまった。時間にしてたぶん十分足らず。だけど僕にとっては夢のような十分だった。

それからというもの、彼女と親しくなるのにはそう時間はかからなかった。僕は彼女に仄かに恋心を抱いていたし、彼女の方も恋愛感情こそなかったかもしれないが、少なくともほかの人よりかは親しく接してくれた。一時は恋仲になりそうな不雰囲気も無かったわけではないが、結局、アカデミーを出るまでそれが実ることは無く、それ以来彼女とは一切連絡は無かった。

あれだけ思いを寄せていたのにもかかわらずあまりに呆気ない終わりである様に思えるが、案外、人とのつながりなんてそんなものなのかもしれない。それから僕もヒーローとして多忙な日々をそれなりに送る様になり、彼女のことは薄れつつあった。そんな中でのまさかの再会。

そして、いま、彼女は目の前にいる。

「(やわらかい、)」

触れれば、それは柔らかくて、つるつるしていて、気持ちよかった。本当に小さな音ですうすうと寝息を立ててぐっすり眠る姿は、なんだか生きている人間ではなく、まるで人形のよう。こんな姿を見ながら、何も感じないわけではない。心の中はこの静かな室内とは相対してもやもやと蠢いて落ち着かないし、今にもこの手が彼女を汚してしまいそうで怖い。でも少しでも触れていたい。

僕は女性経験なんて無いからそういうことはどうすればいいか分からない。でも、彼女もきっと男性経験は少ないと思う。彼女はとてもきれいでかわいいけれど、男とそういうことを積極的にするような子でもない。会わなくなってからもたぶんそうだと何となくそう思った。恋人が出来ても、彼女はきっと綺麗なまま。これは僕の勝手な想像にすぎないかもしれないけれど、何となくわかるんだ。

「…ねないの?」

うっすらと瞼を開けて彼女は小さな声で呟いた。僕は心臓が大きく跳ねて、一瞬間の間何も言えなかった。触れていた手も、動かせないほどに、硬直してしまっていた。すると今度は彼女が手を伸ばし、ゆっくりと髪に触れてきた。

「ふわふわする。」
「……うん。」
「猫みたい。」
「……うん。」

にぱりと笑うとなまえは優しく撫でた。彼女の小さな掌が僕に触れていると思うと、なんだか恥ずかしくて、でも気持ちよくて、それを制止する声さえ出ない。

「ごめんね。布団取っちゃったから。」
「ううん、気にしないで。違うのあるから。」
「一緒に寝る?」
「え」

間の抜けたような声が寝室に響く。再び衝撃のあまり硬直するが、彼女はくすりくすりと笑うだけ。言葉の意味が徐々に分かるにつれて、心音がどんどん大きくなって、頬に熱が宿るのが解る。

「な、」
「ふふ。何もしないよ。ただ一緒に寝るんだよ」
「でも、そんな、」
「寂しいんだ。」
「………」
「………」

暫しの沈黙が流れた。するりと下ろされた彼女の小枝のような手はゆっくりと布団の中に戻る。そして力なく笑うとゆっくりと口を開いた。

「……ごめん。」
「………うん。」

おやすみなさい、と小さく言うと、彼女は横を向いた。僕はゆっくりと立ち上がると静かに部屋から立ち去った。そうしないと、僕は自分が自分でなくなる気がしたからだ。僕はきっと彼女を傷つけてしまう、そう思った。

「(心臓がうるさい)」

胸に手を当てたら、触っただけでも分かるくらい鼓動を打っていた。窓にはまん丸の月が明かりのない部屋を照らしていた。昔にもこんなに鼓動が高鳴ることは、何度かあったのを思い出して、思わずため息が出た。

(彼女は本当に綺麗で、それでいて本当にずるい子なんだ。)

昔も、今もきっと。


2012.01.11.
2015.07.25.加筆.

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テーマ「人外ファンタジー」
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