4 深く吐いた溜め息はやけに静まりかえった穏やかな海に溶けていった。いつものように親父の膝でお昼寝をした後、甲板でゴロゴロしているのだが、いつもよりも気が重い。理由は、数日前からエース隊長は尋常じゃないほど機嫌が悪くなってしまったことだ。数日前には確かにちゃんと謝ったし、下げたくない頭だって下げたのに、隊長は許すどころか眉間にくっきりとした縦皺をよせて私に向かって「俺は貝になりたい!」と叫んで私を店に置いたまま一人で走って帰ってしまったのだ。もしかしたら私はまたエース隊長を怒らせるような真似を知らず知らずのうちにしてしまったのだろうか。それとも隊長は私自身が嫌いなのか。色々な原因を考えてみたが、結局分からずじまいだった。皆に聞いても苦笑いするだけだし、親父に至っては大笑いしてほっとけほっとけと言うし、何がなんだかもう訳が解らなくなっていた。とはいえ、やはり彼は私の所属する二番隊の隊長だし、使える身であるわけだから、変な誤解やわだかまりがあるなら出来るだけ速めに解いておかないとこれから先気まずいし、何よりも気持ちがすっきりしない。 「よし、やっぱり隊長に会って話そう。」 会って話して、また再びエース隊長に謝りにいこう。そう決心して立ち上げると、エース隊長のもとへと足を動かした。 ・。 。 ・。 「……………。」 あれからというもの、なまえの顔を見なかった。いや、そういう風に言うのは語弊があるかもしれない。正しくは見ないように避けていた。数日前になまえから告白されるのではないかと期待したが、それは見事に外れ、てんで的外れなことを言われてしまった瞬間、俺の中の何かが音をたてて崩れてゆくのが聞こえた。いてもたってもいられず、なまえを置いて船に戻ってしまったのだ。今考えても恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がない。そのような感情が邪魔して、なまえと顔を合わせるのが酷く嫌になってしまったのだ。別になまえが嫌いな訳ではない。なまえを思う気持ちは現在進行形で膨れ上がってゆくが、なまえに会うきっかけを完全に見失ってしまった今、どうすることもできなかったのだ。 深く溜め息を吐いて、ごろりと寝返りをうった。この時間は今頃なまえは甲板でゴロゴロしているに違いない。出来ることなら傍にいてやりたいが、今はどんなツラ提げて会いに行けばいいか解らず、このように悶々としたまま我慢するしかなかった。 ああ、会いたい。なまえに会いたい。 「会いてぇな……。」 ぽつりと呟いた瞬間、突然ドアが開いたので、マルコかなんかが勝手に入ってきたのだと思った。 「ノックぐらいしろよ、」 「あ、ごめんなさい。」 「…っなまえ!?」 吃驚して飛び起きてドアの方向を向けば、其処には紛れもなくなまえの姿があった。幻でも、妄想でもなんでもない、他ならぬ本物のなまえだった。動揺しつつもベッドの隣に腰をかけるように言えばなまえは言われた通りに俺に並ぶようにして座った。 「どうしたんだよ、」 「最近隊長を見ないから心配で。」 「そうか。」 素っ気なく返答したが、内心嬉しくて嬉しくて堪らなかった。とりあえず上がりそうな口角を気合で押しとどめる。 「あと謝りにきました。」 「またかよ、お前好きだなそれ。」 「だって、隊長最近私のこと怒ってるみたいなんだもん。」 「は?怒ってねぇよ。」 そう言えば本当ですかあ?と言って俺を見てきた。(う、上目遣いやべえ。)と心の奥の奥で思ったがやはり言わない。 「とにかく、怒ってねえから心配すんなよ。」 そう言ってぎこちなくわしゃわしゃと親父がいつもなまえを撫でるみたいに、俺もなまえを撫でた。心地よくさらさらとした、俺のくせっ毛とはちがう手触りである。なまえは「良かった。」と言ってふわりと優しく笑った。お前は天使か。 2015.07.22.加筆. |