伊達とむつかしい話 世界は愛と平和で満たされれば救われるらしい。簡単なこと、でもとってもむつかしいこと。 「あんたは何度言えば分んだ、大股で歩くな。」 「着物ってむつかしい。」 「ha,何言ってやがる。」 染み付いた習慣はなかなか抜けることは無い。一日に三食だった食事も、二日に一遍は食べてたモウのアイスクリームも、ハスハスとひだを靡かせてずかずか無遠慮に歩いていたに煉瓦とコンクリートの並木道もない。だけれど夕方になれば夕日は橙に染まり世界が暗くなるのはどの時代でもどの世界でも変わりのない唯一不変のものであった。大股で歩けば着物は面白い程に着崩れてゆく。これじゃあ走ってドアが閉まる間近の電車にも乗車できないし、遅刻間際の学校に滑り込むことも出来やしないじゃないか。 「あ、」 そう思って全く自分は愚かだと気が付いた。仮にこれで走れたとて、この世界には電車があるわけじゃなし、況してや学校やその友達や遅刻を怒る先生も居やしない。全くの阿呆だ。大きくて広い背中をどこかうつろな目で見入る。代々に照らされて大きな影が二つ。りりり、りり。虫のか細く泣く声がする。山際の太陽はまるで世界を赤く染め上げるかのようだ。道端にはお地蔵さんがたくさんあった。御供え物のかわりに風車が一本、カタカタ回る。曼珠沙華がひっそり咲いていた。 「アンタの住んでた世界には戦はあったのか」 「私の住んでた日本には無かったよ。昔はあったみたいだけど。でも外国では今もどんちゃんやってるみたい。」 私がそう言えば男はそうか、とだけ言ってまたゆっくり歩き出した。男はしばらく何も言わなかったので、今度は私が男に問いかけた。 「ここの戦はいつ終わりますか。」 「この俺が天下を取るまでだな。」 「時間はどれくらいかかりますか。」 「さあな。」 「じゃあ、あとどれくらい人が死ねば天下は取れますか。」 今度は男が黙った。そして足を止め、山の方を向いた。大きな橙が男を照らした。私も橙に包まれた。そうして男私を見た。かたっぽしかない目は鋭くて柔らかい目だった。そうして笑うとさあな、と静かに口を動かした。なんだかとても悲しくなって、もう一度空を見た。紫色だった。それから私は男の手を握った。男は驚くこともなく握り返す。少しだけ乱れた着物の袖が風になびく。急ぐことは無かった。ここには通勤ラッシュも、怖い先生もいない。私と、彼しかいない。 「もう少しだけ、あなたの隣に居てもいいですか。」 「fun,」 温かいのを唇に感じた。視界に映る世界が、少しだけ優しくなった気がした。 2012.07.29. |