ガリガリ君と石田君と徳川君 ぼとり。何かが視界の端で落ちるのが見えた気がした。地面を見れば内水の真新しいコンクリートの上に小さな影が見えた。それは動かない。じっとそれを見ておれば隣で今まで黙ったまま歩いていた三成先輩が蝉、と一言言った。並木道は蝉の声でいっぱいだった。先輩の恐ろしい程に白い項に木々の影が映る。反対側では大きな段ボールを担ぐ家康先輩が見える。健康的な肌は夏らしくいくらか焼けているようで夏らしい。家康先輩は額にいくらか汗を流していたが三成先輩はむしろ血の気さえ次感じさせない。二人とも対照的だと思った。夏の昼下がりの殺人的な暑さに耐えながら、私たちは買い出しの荷物を黙々と運んで並木道を歩む。 「お、ツクツクホウシか。」 「ツクツクホウシってなんか好きです。」 「鳴き声が独特だな。」 「ですねー。」 ふと橋のガードレールに目をやる。雑草がぼうぼうだった。せいの高い二人に挟まれて、まるでとらわれた宇宙人のようだと思った。地面に映る影を見てそう思った。蜻蛉が向こう側の道路に見えた。さっきから横を向くたびに三成先輩と目が合うけどお互い何も言わなかった。家康先輩はそれを笑っているらしく始終ニコニコしていた。被っていた麦わら帽子を被りなおす。知らず知らずのうちにライブで演奏する予定の歌を口ずさんでいた。時折通り過ぎる車の排気ガスが蒸し暑くて顔を顰める。数歩先で黒猫がのそのそ歩いていたので少し足早にたったった、と追いかけた。猫は裏路地に入っていくと一瞬だけこちらを振り向いてかぶりを振った様な気がしたがすぐさまどこかに消えた。 「なまえ、行くぞ。」 「はーい。」 三成先輩の声に間延びした返事を返す。気が付けば追い越されていた二人の背中を追いかける。小さいころの情景を何故か思い出すようだった。 「夏ライブの次は合宿だから、今月は忙しいな。」 「家康先輩は部長だから余計ですね。」 「いやあ、こうして皆が手伝ってくれるからな、そうでもないんだ。」 「まだ夏のライブも終わっていないのに先の話はよせ。」 家康先輩は三成先輩の制止に苦笑すると、私に目配せした。多分三成先輩は今機嫌が悪いのだろう。それからちっとも会話に入ってくれない。私が質問をすれば一言答える程度だ。いつものことであるが、今日は家康先輩もいるからであろう。でも割とこの二人は仲が良いこともあるので世の中不思議である。 「……あついー。」 五分おきに唸りなった。そうしておれば家康先輩が近くのコンビニに寄ろうかと提案してくれた。三成先輩を見れば、最初は急ごうと不服そうな顔をしていたけれど、私が見つめておれば彼は観念したように目を反らして溜息を吐いた。コンビニでは家康先輩がお茶を奢ってくれることとなった。そうしたら三成先輩が何故か悔しそうに眼を炯炯とさせたので三成先輩にはガリガリ君を奢ってもらうことにした。涼しい店内から一転、再び炎天下の中に繰り出すと、早速買ってもらったガリガリ君をがりがりした。 「三成先輩は合宿あんまり乗り気じゃないんですか。」 「…そう言うわけではない。ただ、明後日にはライブを控えている故そう言っただけだ。今は目の前のことをやるべきだ。」 「はは、あい変わらず生真面目だな、三成は。」 「うるさい。」 「でも私はそこがいいと思います。」 「……。」 携帯を開けばもう午後三時を回っている。さっき見た三人の影も先ほどより傾いている。三成先輩はそれから何もしゃべらなくなってしまった。家康先輩も学校の方向を見たまま何も言わない。私はきょろきょろと双方見ながら、ガリガリ君を只管ガリガリした。ふと腕時計を改める。 「もうおやつの時間ですよ。」 「もうそんな時間か。」 「いそぎましょっか。きっと元親怒ってますよ。」 「そうだな。」 そう言って家康先輩は笑った。道の脇に割いたヒマワリが背景に映って綺麗だ。三成先輩は何も言わないけれど無言で返事をするように見えた。さてと、そう言って食べ終わったガリガリ君の棒を手に取る。 「あ、あたった。」 2012.09.16. |