カントリーマーム毛利 目を閉じる。風と共に入り込む。ゆっくりと息を吸い込む。排気ガスの幽かにする。イヤホンから流れるビートルズも、況してや昼間の忙しない話し声は間遠に聞こえて、そうして目を瞑ったまま顔を上げる。瞼の裏側は明るいピンクに染まってゆく。ゆっくりと視界を開けば底には大きな太陽がある。するり、突然イヤホンが耳から零れ落ちる感覚に振り返る。 「あ、元就先輩。」 振り返ればそこには色白の男が一人。冷ややかな視線を私に送り見下す。イヤホンを握りしめたまま至極不機嫌そうな顔をしていた。太陽の日差しに当たり透ける栗色の髪の毛は透き通って綺麗だ。私の人工的な茶などは比べ物になるまい。手には生協で買ったらしい袋が握られている。 「良く私の居場所解りましたね。」 「フン。貴様の居場所を突き止める等造作もない。それより何度我が連絡をしたか分かっておるのか、阿呆め。」 「え、」 そう言って鞄の中の携帯を改める。画面には発信元毛利元就という着信履歴がくっきり何件か表示されている。思わず乾いた笑みが零れる。反対に男は整った眉に皺を寄せる。 「音楽聞いてて気は付かなかったんですてへぺろ。」 「二度とそれを口にするでないわ。」 「あれ、元親と同じこと言ってる。」 「何、」 「やっぱりあれなんですね。仲がいいから。」 そう言ったとたん苛々したように元就先輩は私の襟をつかむとそのまま引っ張ってづかづか歩き始めた。首が突然圧迫される感覚にぐえええ、となる。そうして彼は屋上に設置されたベンチに腰下ろすと、同じく横に私を強制的に座らせる。屋外の暑さとは別の冷や汗が流れた。ビル風が絶えず服おかげで幾ばくかは涼しさがあるもののやはり熱い。だがここは彼のベストポジション(光合成をする最適な場所である)らしく、ここに居ることも少なくない。夏休みとはいえサークルやら委員会やらで学校は忙しいし、実際私も良く来る。今日とて部活やサークルかなんかで来ている人間も少なくなく、屋上は見渡せばちらほら人の影がある。隣では元就先輩は袋の中からガザガサとおにぎりをとるとそれを黙々と食べ始めた。そこで私ははっとした。 「あ、お昼買うの忘れた。」 「やはり貴様は救いようのない阿呆だな。」 「だって、元就先輩との時間に遅れそうだったから買う時間がなかったんですう。」 「………。」 今日はもともと学食で適当にお昼を澄まそうと考えていたのだが、昼時少し前に元就先輩からの召集を受け今に至る。だからお昼は持ち合わせていなかった。仕方がないから今からでも生協かコンビニに行こうかと立ち上がろうとすれば、突然乱暴にプラスチックが頬にぐにゃりと触れた。まごつきながらもそれを受け取ると今度は冷たいものが頬に触れて、それも受け取った。私の好きなハムとレタスとチーズのサンドイッチと私がいつも飲んでいるミネラルウォーターだった。 「……あ、ありがとうございます。」 私が素直にそう言えば彼はいつものようなすまし顔で何も言わなかった。彼から言わせれば所謂計算通りというやつだろう。受け取ったサンドイッチの封を開けようとして、それからはっと気が付いた。そして鞄の中をがさがさと探し始める。男はそれを不思議そうに見ているのを感じる。目当てのものを見つけると、それを手に取り取り出す。 「あったあった!」 「何だ。」 「これお礼に上げます。」 「………。」 手を出せば男は私の手中にあるカントリーマームをじっと見た。それから私を見た。それから黙った後、仕方がないとでも言いたげに手を伸ばして受け取った。 「…潰れてるではないか。」 「ごめんなさい。鞄の中にあったから。」 「もう良いわ。」 そう言って元就先輩は視線をビル群へと移した。私も同じ方向を向きながらサンドイッチを頬張る。車や人の雑踏と一緒に、外れたイヤホンからCan't Buy Me Loveが流れているのが幽かに聞こえる。 2012.08.06. |