長曾我部とアイス(時々猿) ゴキブリホイホイを組み立てていたら急に虚しい気持ちになった。こんなコミカルで楽しいイラストがいけないのだ。私の憂鬱は増していた。部室はそんなに広くはないが、如何せん会議中にはそれぞれ持参したお菓子やら飲み物やらで汚れ放題、おまけに冷蔵庫もあるせいかこの季節になれば必ず奴は現れる。そこで先手を打つべく部費を少々いただいてわざわざ近くの薬局に足を運んできた。試験もレポート提出もすべて終われば後はもう二か月近くも暇となる。バイトに遊びに課題にやることはたんとあるが、何だかどうしてもアパシーになる。窓からは日光を反射して光る都会のビル群と、四角い小さな空が見えた。空虚な気持ちになった。 「何だか複雑な気持ちになるね。」 「あん?」 「これ。」 「ああ、これか。」 「イラストが何とも言えない感じ。」 「つうかこんなもん意味ねえだろおよ。いたらいたでほっときゃいいんだよ。」 「それは絶対無理。」 「んでだよ。」 「だってやつらと空間を共有したくない。」 「何言ってやがる。既にもうここに居んンだよ、ゴキブリは。」 外にはゆらゆらと陽炎が外のうだるような暑さを教える。部室にはクーラーはあるものの、夏休みに入った途端にこの部室棟は工事かなんかで一週間から十日間はクーラーが使えないという恐ろしい期間の真っただ中であった。そのせいか心なしか私たちの機嫌も比例するように悪い。幸い部活と言ってもここはお気楽なサークルであるし、会議も別の棟でやるのでその際は心配ない。とはいえ暇になれば来て涼んでいた者も少なくなかったのでやはりこの炎熱地獄にはやはり答えるものがあった。気休め程度に家康が持ってきてくれた扇風機を回すがやはりこれぐらいでは都会のこのヒートアイランド現象の前では太刀打ちできなかった。ましてやこれが運動部等であったならば死活問題であろう。額や首筋に付いた汗が不快で、それを拭こうと男の隣の男の鞄を無断で開けると真っ先にシー●リーズを手に取るとそれを塗った。男はそれを横目で見ていたが何も言わない。いつものことだ、とでも言いたげな顔をする。男の額に汗がにじんでいる。でもそれがなんだかさわやかですこしだけ羨ましかった。 「あ、この匂いあんま好きじゃないやつだ。」 「お前ぇな。だったら勝手に使うなよ!」 「てへぺろ。」 「すんげー苛々すんなそれ。」 隣で私と同じくゴキブリホイホイを組み立てる銀髪はなんだかんだ文句言いながらも手先が器用だから私なんかよりも綺麗に組み立てていた。私が作ったやつは最初に手にべとべとのやつが付いて汚くなってしまった。ゴキブリの前に自分がつかまるとはまさに不覚であった。 「知ってっか?」 「知らない。」 「未だ言ってねーよ。」 男は組み立て終わるとそれをテーブルに置いたままああああ、といいながら伸びした。男が動くたびに私が先ほどぬったシー●リーズの香りがほのかにする。熱いせいかあんまり頭が回らずボーっとしておれば男はにやりと笑った後わしゃわしゃと乱暴に私の頭を掻き回した。ああ、そう言えばアイスが食べたい。 「ゴキブリを釣り餌にすっと魚が釣りやすいんだぜ。」 「ウソでしょ、きもすぎ。」 「嘘じゃねえ、匂いがいいんだろ。今度試してみるか?」 「やだ。絶対やだ。」 「何がやだ、だよ。つーかお前釣り餌つけた試しねえだろ。いつも気持ち悪がって俺がやってんじゃねえか。」 「だって元親がいつも勝手にやるんだもん。」 「アンタが嫌がると思ってやってやってんだよ。」 「アリガトウゴザイマス」 「お前本当に可愛くねえな!」 椅子から降りると今度は扇風機が近いソファに寝そべった。暑い。元親はあちーと言いながらそこらへんにあった誰かのもわからない団扇を扇いだ。団扇にはガールズバーの宣伝が書かれていた。ほんとに誰のだと気になった。けど思考はそこで停止した。暑すぎてできるだけ頭は使いたくない。冷蔵庫を開けてみたがジュースとチューハイしかなかった。飲みかけだったミネラルウォーターを取り出す。ふと視線を男に向ければ男は外を見ていた。私もつられるように外を見る。小さな四角い空に飛行機雲が見えた。一筋のそれは大きな入道雲を突き抜けている。夏だな、小さいが確かに男の声が聞こえた。 「ねえ。」 「あ。」 「アイス食べたいねー。」 「そうだなァ、買いに行くか?」 「でも外熱いし……」 「どこもおんなじだろ。生協とか、六号館地下のコンビニだってあんだしよ。」 促されるがままぼちぼちアイスを買いに行こうかと思ったら突然部室の扉が開いた。それと同時に橙色の頭が目に入る。 「あっつ!なんでクーラーつけないの!?」 「クーラーは当分死んでまーす。」 「そうだったー。最悪だ、俺様死ぬ。」 「ばいばーい」 「なまえちゃん冷たすぎ。」 男は入ってくるなり抱えていた袋を私に手渡すと扇風機の前を陣取った。 「あ、バルサン買った?」 「ゴキブリホイホイしか買ってないよ。」 「えー!」 「駄目なの?」 「いや別にいいけど、それじゃあ外にいるゴキブリもこの部屋に来ちゃうよ。」 「まじで。」 「まじで。」 思わず袋を抱えたまま項垂れる。元親はそんな私などどうでもいい風に抱えていた袋だけ取るとまた席に着いた。 「なんで!」 「なんでって、俺様に言われても。匂いにつられてきちゃうんだって。」 「もういやだ、熱いしゴキブリくるし。もうこんな暑い中薬局なんか行かないもん。」 「わかったよ、俺様が行けばいいんでしょ。」 ふてくされたように佐助はそう言って溜息を吐いた。反対に笑っておいた。だがそれで終わらせなかったのはもう一人の男。 「いらねえよ、部費の無駄だ。」 「だってゴキブリ来ちゃうよ。」 「お前が買ってきたんだろ。いたら俺が殺すからいい。」 「それも嫌。」 「何なんだよお前は!」 「だって潰れたゴキブリも見たくない!」 「まあまあ二人とも、もういいって。俺様どうせ旦那の補講終わるまで暇だし今買ってくるから。」 結局佐助の大人な対応で喧嘩まではいかない公論は幕を閉じた。やっぱり佐助はおかんだな。 「さすがおかん。」 「うるさいよ。あ、それ溶けるから冷蔵庫入れといてね。」 去り際に佐助はそう言って扉を閉めた。もわんした夏の空気が入り込む。幽かに期待を籠めつつ元親の手の内にある袋に視線をやる。 「お、ハーゲンダッツ。」 ガリガリ君でもよかったのにね、そう言えば元親は笑いながらイチゴ味をくれた。 2012.08.04. |