食欲が友情に勝るサシャ 「ここ、」 「ん?」 「ついてるよ。」 そう言われた直後に、その小さな手が顔に届いたかと思えばふわりと柔軟剤のいい香り。彼女はもう、だらしないなあといって、それから呆れたように、その眉をハの字にして笑う。申し訳ないというよりも、なんだかもっとそう、困ったように笑って欲しいと思ってしまってうのは私が天邪鬼だからだろうか。もし私がそんな意地の悪い人間であることを打ち明けたとしても、それでもきっと彼女は、例のハの字を見せて、馬鹿だねえって言うだろうな。ぼんやりそう思いながら、彼女が、なまえが作ってくれた重箱のお弁当をもぐもぐと噛み砕く。 「えへへ、今日のハンバーグ美味しいですねー。」 「チーズ入りだよ。」 まあ、昨日の夕飯のお肉が余ったから作ったんだけどさ。そう付け足して彼女はもう空になったらしい自分のお弁当箱を片し始める。ゆっくり食べてていいからねと、一言も忘れずに私に伝えると、ずずずとミルクティーを口に含む。 「今日は絶対に勝たないと。」 「もちろんです!アタックなら任せてください!」 握りこぶしを自分の胸に当てて自信を見せれば、なまえはうんうんと笑った。何しろ掃除当番がかかっているのだから、負けられない。貴重な放課後を削られるのは実に癪だ。何しろ、今日は行きつけの駅前のクレープ家さんの半額の日だ。ただでさえ人気で終日人で混んでいるというのに、クレープの日となれば平日以上に混むことが予想される。今日は試合に買って、クレープも手に入れなければ。固く心の内に誓うと、ごくごくと先程買ってきた飲み物を飲み干す。そばにいたコニーが気合入ってんなー、と茶化すがそれも気に止めない。 「ていうかコニーもライナーと掃除当番賭けてんでしょ?」 「ああ。まあなんとかなんだろ。ジャンもマルコもいるしな。あ、あとエレンも。」 「でもライナーんとこにはベルトルトだっているじゃない。」 「背が高いからって勝てるわけでもねえだよ、ばすけってのは。」 ここだよここ、ここ。そう言って得意げに自分の頭を人差し指でこつこつと指すコニーに思わずなまえは苦笑して「どうかな、」とさらりといった。コニーは不服そうにしていた。私は重箱のなかのお弁当と格闘するのに必死で、芋をほろほろと噛み砕きながらなまえの様子を見ていた。最近切りすぎたと騒いでいた前髪も、近頃はいい塩梅に伸びている。でも伸びすぎては少しだけ残念だ。前髪が伸びすぎたら、私の好きなあの顔がよく見えなくなってしまうもの。 「私は負けません!何しろクレープがかかってますから!」 「食べ物が絡んだサシャは負ける気がしないね。」 「はい!……あ、飲み物なくなりました。」 「えー、仕方がないなあ。ミルクティだけど飲む?」 「やったっ。」 「もう。今日は必ず決めてね。私も放課後クレープ楽しみなんだから。」 そういってまた呆れたようにハの字の笑みを見せるなまえに釣られて私も笑う。やっぱり私はこの笑顔が好きだ。 (あとなまえの作るお弁当も) 2013.10.11. |