短編格納庫 | ナノ

たけくらべ

「あと数センチだけでも違かったら、きっと人生違ったのになあ。」
しきりに前髪を人差し指と親指でくるくると弄びながら、彼女ははああ、とため息を吐く。ハスハスとスカートを翻しながら、足をばたつかせて。片方の靴下がずり下がっていて、でも彼女は気に求めない様子で、僕の隣に座りながら、ぶらぶらぶらぶら。
「髪を切りすぎたぐらいで、少し大袈裟だよ。」
「そんなことないよ、それに、前髪だけじゃないもの。ほら、」
そう言ってぱっと立ち上がるとくるりと一回転して、それからスカートのプリーツを整える。僕は彼女のふりふりいうスカートが好きだ。だから、こうして目の前にして少しだけ嬉しくなる。そして彼女は、なまえは、僕をまじまじと見た後、腰に両の手をあてて、自分の姿を誇示したようにしてみせる。僕よりも20センチメートル以上低い、小さくて細い肢体。木陰の木漏れ日を浴びてホロホロと光る。瑞々しい心持ちがして、僕はその姿に思わずふふ、と笑いを漏らした。しかしながら彼女はどうたらその反応が些か鼻についたらしい、その小さな肢体をフラフラ動かし、それから目の前に咲いていた雑草をブチブチ引き抜く。
「前髪なら許せるけどね、どうせ伸びるもの。でもこればかりはどうにもならないじゃん。今更セ/ノビッ/クのんでも意味ないだろうし。」
「気にしすぎだよ。」
「約180センチメートルの人間にはわからないでしょうね。昔はほとんど変わらなかったのに。」
「はは、僕は中学校上がってから二十センチ以上伸びたからね。」
「神様って不公平。」
そう言って彼女はぶちぶち抜いた雑草の中で、一茎のハルジオンを手にして、またベンチに向かって僕の隣に腰を下ろす。ペラリと読んでいた文庫本のページを捲った。幼い頃の記憶が蘇るようだった。なまえは相変わらず美容院のかっこいいお兄さんに切られすぎた前髪を触っていて、もう片方の手にはハルジオンを握っている。すこしピンク色がかった、小さな花。握った本人に似ている。
「あげる。」
「くれるの?」
「うん。」
なまえははいっと言って半ば強引に投げてよこすように僕が呼んでいた文庫本の見開いたページに無造作にハルジオンをおく。きれいだね、そういえば今度はなまえがふふ、と笑う。僕はそれを手で摘むと、くるくると弄ぶ。いくつもの小さな花弁と、黄色いふさふさした花粉。栞にしたらちょうどいいかもしれない。でも、せっかくだからすぐに潰すなんてもったいないかもしれない。活けてあげたらもっといいだろう、そう思った。
「なまえ。」
「うーん、」
振り向きざまにハルジオンを彼女の耳にいけてあげれば、彼女はきょとんとした顔をした。切りすぎた前髪の下には、綺麗に揃えられた眉がみえる。肩まで伸びた髪は小さい頃からそれ以上短くした試しがなくて、今回も毛先を整えて、少しだけ剃いただけらしい。前髪をなでるように静かな風がふいた。
「すぐに伸びるさ、すぐに。」
背はむりだけど。僕がそう付け足せば、彼女はその整ったまゆをハの字にして笑った。

2013.10.11.

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テーマ「人外ファンタジー」
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