沖田と温●菜 そろそろ屯所での仕事も慣れてきたが、いつまで経っても慣れぬ人物がいる。 「おい、やきそばパン買ってきなせェ。」 「……私はおいって名前じゃありまぺんんんんんんん」 ぐぎゅううという効果音と共に目の前の色素の薄い大きな瞳イケメンは素敵な笑みを見せて私の頬をがしっと締め付ける。おかげで私の顔は面白い白いように歪んで口なんか思い切り突き出してもはや呼吸さえ危うい。それでも彼はやめる様子はない。 「やめてくだぱい、」 「あ、おっぱい?よく聞こえねえやァ。やきそばパン下せえっつってんだろうが。」 そう言って青年は一度手を離すと私を地に伏せた。見上げれば目を細めて佐渡顔を浮かべる男が逆光のアングルで視界に映る。にしても本当にこの人は人をいじめる時にはいい顔を見せてくれる。見た目はジャニ顔なのに性格に難がある。私も初対面に騙された口だ。世の中顔さえよけりゃあいいみたいに言うけどこの人は確かに顔はとびきりいが性格もとびきり最悪である。ドメスティックバイオレンスもいいところだ。青年基沖田総悟は私の視線に合わせるようにしゃがんで再びやきそばパン、そうのたまった。 「私はやきそばパンじゃありません。」 「聞き飽きやした、その件。ねえなら買いに行きゃあいいんでさァ。」 「私仕事中ですよ、仮にも。」 「俺だって仕事中にもかかわらずわざわざ頼んでんだ。頼みまさァ。」 「働いてください。ていうかこれが人にものを頼む態度なんですか。」 「なに言ってんでィ、俺ァ手前ェの上司なんだ、これぐらい当然でさぁ。」 「普通の上司は首ねっこ掴んで窒息させたり私のカバンの中にゴキブリのおもちゃ入れたりしませんよ。」 初日からこの人はこんな調子だったが今日は一段と面倒くさい。何しろ引く気配がない。いつもなら飽きやした、なんて言って気まぐれに人の部屋から出ていくのに今日は引く気がないのか今朝から部下いじめに勤しんでいる。というのは、彼の敵であり目の上のたんこぶである副長、土方十四郎が別件で屯所を留守にしているからである。牽制する人間がいないせいか今日の沖田総悟はまるで水を得た魚のように生き生きとその狂気を『サディ杖(スティック)』という名の孫の手片手に大暴れである。現に私の背中めがけてバシバシとそのサディスティックを打ち付けている。正直私と歳も変わらず(恐く同い年か私より一つ上)上司というだけでこれだけの仕打ちに耐えねばならないなんて、ほんとに不幸な星に生まれてしまった。目の上のたんこぶはあまりにも大きい。 「沖田隊長、お遊びはここまでにしましょう。やきそばパンはありませんがミンティアならあります。」 「いらねえやンなもん、犬のエサの次にいらねえや。」 「あれと一緒にしないでください。」 「は、お前ェも言うようになったじゃねえか。」 そう言って彼はいらぬと言ったのに私の手からミンティアを横取りすると蓋を開けて中をシャカシャカふる。結局食べるらしい。 「ミント味です。あ、そういえばそれは土方さんがかってくれたやつだって、」 「えーいっ」 そう言った瞬間沖田隊長は楽しげな声と共に庭に向かって私のミンティアをポーンと勢いよく投げた。思わず声を上げれば沖田さんはにこりと笑った。 「危うく犬のエサを食うとこだったじゃねえか、あぶねェ。」 「だから、あんなのと一緒にしないでください!危ないのはアンタの思考ですよ!ミンティアには罪はないのに!」 「チッ、うるせえや、土方コノヤローのくれたもんは全部マヨネーズ臭くて仕方ねェ。仕方がねェついでに俺も買い物について行ってやらァ。」 「は?」 そう言って沖田さんは立ち上がると私の首根っこを鷲掴んだ。いやいや、私聞くなんて一言も言ってないんですけどという言葉はもちろん彼に届くはずもなく、私はとっさに机の上にあったスマホを取ると引きずられたまま屯所をあとにした。 「牛肩ロース、タンしゃぶ、和牛赤身。あ、あとマロニーちゃんも頼まァ。」 「隊長、野菜も食べなきゃダメですよ。………て、」 やきそばパンじゃねえじゃん。 「隊長、ここスーパーでもパン屋さんでもありませんけど。完全に温★菜なんですけど、ここ。さっきスーパー行くって言ってましたよね?」 「過去ばかりに囚われてたら僕を残して世界に置き去りにされやすぜ。」 「やめてください、急に平/井/堅出すの。それでも私は瞳を閉じてついさっきの隊長とのやり取りを描きますよ。それしかできない。」 にこやかに店員さんが運んできたお肉を隊長は何事もなかったかのように皿をひっくり返してすべて鍋の中に投入した。この人にはどうやら一枚一枚しゃぶしゃぶするという概念はないらしい。なんて無粋なんだ。 「もう!何が何だかわからなくなってますよ!もはや闇鍋と化してますよ!」 「うるせえや、手前ェと一緒の鍋つついてるだけでも俺ァはストレスだってのにこれ以上喚いてみろサディスティックで脳天カチ割りやすぜ。」 「やめてください、っていうかなんでそれまだ持ってんですか。」 「いいからてめえはアクでもとってやがれ。」 「超ムカつく。」 そう言いながら沖田隊長はすりごまとごまだれを私に手渡すとこれやるよとにこやかに野菜ばかりを私の小皿に入れてくれた。私は悪態を付きながらそれでも従順にアクをとっている。根が真面目な自分をこれほど憎んだことはない。 「なにやってんでぃ、早く食わねえとなくなりやすぜ、時間が。」 「誰でしょうねー、アクとれって言ったのはー」 「時間があんだ、早く食いやがれ。」 沖田さんはそう言ってまた小皿にシナシナの野菜を入れてくれた。だが今度はマロニーちゃんも入れてくれた。もはやこれまでの仕打ちを考えると優しさに見えて変な感動がこみ上げてくる。 「……いただきます。」 「肉食いまくって本当に豚になりゃァいいんでさァ。」 「なるほど、これが本当のメス豚かあ。あれ、目から汗が。」 「美味しいからって感動してんじゃねよ。可愛いなぁ豚は。」 それから制限時間まで仕事もそっちのけで肉と野菜を食べまくった。なんだかんだ沖田さんは食べてる時は危害を加えないので(自分が食べるのに必死で)、こちらもなんとか食すことはできた(もちろんその間も卵といてくだせぇだの飲み物頼んで下せぇだのうるさかったが)。 「ひとりいくらでしたっけ?」 「あ、いらねえやンなもん。」 「え、まさかおごってくださるんですか……?」 「たりめえだろィ。」 あまりの驚きに目が点になり呆然と立ち尽くした私を尻目に沖田さんはさっそうと財布を懐から取り出すと淡々と会計を済ませる。 「ミンティアなんて安っちいもんよりこっちのほうが腹も膨れて豚も生産できて、一石二鳥でさァ。」 「隊長……。一度にミンティアを侮辱し、それに飽き足らず私のことを豚呼ばわりするなんて、確かにある意味一石二鳥ですね。おかげで二倍傷つきました。でも連れてってくださってありがとうございました。お腹は確かに膨れました。かわりに心は反比例してすり減りまくってますけど。ごちそうさまでした。」 「おう。あ、領収証お願ェしやす。名前は真選組副長土方コノヤローで。」 「…………。」 2013.05.01. |