4! パチンパチンと切るたびに、白い三日月型のそれは床に落ちていった。あっけないもので、それまで俺の一部だったそれはもう別のもののように地面に横たわって、物言わぬ骸のようだ。あっけないといえば、この世の中は全部そんなもんだなよな、と思う。爪は三日前に切ったばかりだが、もうすでに少しばかり伸びていた。 「ジャン、」 「……ああ。」 「なまえは、何が好きだったか知ってる?」 「……好き?」 「ほら、例えば、好きな本とか、好きな食べ物とか、あるいは好きな花とか」 パチン、パチン。 「ジャンなら知ってるかなって、」 「………。」 パチン、パチン。 「君と彼女はよく一緒に居たろ?」 「ってえ、」 「ああ、ジャン、大丈夫?」 ブロンドの少女のような少年は慌てたようにこちらに近づいた。じわりと親指に鈍い痛みが広がって、それから爪の中にじんわりと赤色が滲んだ。俺はゆっくりと視線を向けた。そいつはギョッとしたような表情を浮かべた。 「そんなに痛かったのかい?えっと、絆創膏は…」 「……深爪」 「え、」 「深爪。」 「ああ、そうだね、切りすぎたようだけど、」 「ちげえよ、」 「え?」 「あいつが好きだったのは、多分」 俺がそういえばアルミンは今度は驚いた表情を浮かべた。俺はその表情を見て笑う。 「悪いな、アルミン。あいつが好きだったもんが、それ以外、わからねえんだよ。」 「……ジャン。」 「三年間一緒にいたのに、わからねんだよ。」 「………。」 「なんでだろうなあ、馬鹿だよなあ、俺は。」 本当に馬鹿だよなあ。そう言って、また違う爪を切る。本当は、あいつの爪を切ってやるはずだったんだよなあ。なのになんでだろうな、ほんとに、わかんねえよ。三年間見つめてた女は結局俺に視線を合わせることはほとんどなくて、そのくせ長い月日の中でどういうものが好きなんだとか、どういった服が好きなんだとか、似合うんだとか、どんなふうに休日過ごすんだとか、縫い物や編み物が得意だとか、対人格闘ではどんな技が得意だとか、色々知ってたくせに、そのくせ三年間傍にいた女のことに関しては、深爪と、黒髪が彼女と変わらぬくらい綺麗なのと、本当に笑うと可愛いことと、あとはよくわかんねえけど、何の花の匂いかわからないがとても心地のいい花の匂いがすることぐらいだ。 「くっだらねえことなんかは、毎日いくらでも話したのにな。」 俺は結局、あいつがどんな食べ物が好きで、どんな本を読んで、どんな夢を持っているか、一体あいつがまとっていた花の匂いはなんなのかさえ、ついぞわからずじまいだ。 パチン、パチン、 「一回でいいから、」 パチン、パチン、 「あいつの好きな花の名前ぐらい、聞いときゃよかったのにな、」 パチン、パチン 「…痛え、」 涙を流しながら爪を切る俺を、アルミンはしばらくじっと見つめてそれから小さい声で、「深爪だよ、」とつぶやいた。 2014.06.08. |