ヤンデレ徳川と切れない糸 赤い糸でつながっているのが恋人で、白い糸でつながっているのは家族なんだと言っていた。テレビの中で白い糸がブチブチと無残に切られて、それからクシャクシャと手の中で握り締めて、それからまた解くとすっかりまた一本の綺麗な糸となってつながっている。中年のマジシャンは真新しい大画面のテレビの中で安堵した表情を浮かべてにこやかに笑顔を作る。満足そうな笑顔を最後に画面は黒く閉じた。家族は離れ離れになっても、ぐしゃぐしゃになっても結局はまた繋がるんだ、多分そんなことを言いたいのだろう。いかにもあの人が好きそうな話だと思わず息を吐いて笑った。 「でもそんなの嘘。」 「ん?なんだ?」 「ううん、何でもない。」 ぬるくなった紅茶を飲み干して、それから少しばかりこげてしまったイングリッシュマフィンをかじる。スクランブルエッグをフォークで弄んで、それから隣のウィンナーをぶすりと刺してみる。はい、と目の前の人物に差し出せば彼はすこしばかり驚いて、それから少しだけ笑って素直にそれを口にした。それからおいしい、と一言だけつぶやいた。彼は優しい、優しい。 「ごちそうさま。」 彼は黙々と食事を終わらせると、食器を片し始めた。実に手際よい。昨日あれだけ酔って帰ってきたというのにその片鱗さえ感じられない。彼はそう酔っ払うタイプでも酔っ払うまで飲むタイプでもないが昨日は少しだけ違うようだった。 「あ、」 「ん?」 「そっか、」 「どうかしたのか?」 「ううん、なんでもない。小指が赤いのよ。」 昨夜は遅くまで帰ってこなかった彼を待ってアトリエにいて、ずっと絵を描いていたので、きっとその時についたのだろう。べとりと血のような鮮やかな赤の絵の具が小指に付着している。フォークを置いてぺろりと舐めてみたらペンキ臭い香りが仄かに香った。どれどれ、とタオルで手を拭きながら彼は近づいて、よだれで少しだけふやけた私の小指を見た。 「昨日珍しく酔ってたね。」 「実は、あんまり覚えてないんだ。」 「酔った家康は面倒くさい。」 「あはは、そんなこと言うなよ。悲しくなるじゃないか。」 彼はそういって私の頭をくしゃくしゃ撫でる。もし私が猫だったらきっと嬉しくて嬉しくて、喉をごろごろ鳴らしたに違いない。そうして彼は後ろからぎゅううと抱きしめた。少しだけ昨日のお酒の香りがして、それからいつものシャンプーの香りがする。そうして彼は私の小指に自分の小指を絡める。そうして私の耳元に心地よい声が届く。 「切れないさ。なまえとわしは。」 「また絆の話?」 「いいや、赤い糸だよ。」 切れても無理やりつなげればいい、笑顔でそう言う彼がどことなく怖くて、でもとても救われるのだ。 2012.02.02. |