石田と帰りたい女の子 とても綺麗に泣く女がいる。私はそれを眺める都度、得体の知れない不快感を感じながら素直に嫉妬する。 「見苦しい、泣き止め。」 「石田さんは優しさというものを知らないのですね。」 「無駄口を叩くな、斬滅されたいか。」 私がそう言えば、目の前の女は泣き張らして真っ赤になった目で私を注視しながら口を紡いだ。それを見ているうちに、再びあの感情が込み上げてきた。私は常常、女を眺めながらこの感情と密かに葛藤した。 「じゃあ、いっそのこと殺してくれますか。」 「………」 「私だって、泣きたくて泣いてるんじゃないんですよ。この世界で私はまるで一人ぼっち。此処にいてはいけない存在ならば、石田さんに殺されてしまった方がよっぽどマシだもの。」 女は伏し目がちにそう言ってそれから暫く黙った。夕刻、明かりもつけずに閉めきられた部屋で女の肌が妙に蒼白く見えた。ぽたりと、小さな音をたてて数滴の水滴が垂れた。 (羨ましい、) ほんの刹那、はっきりとした言葉を成して心の中でふっと現れたそれは、人間の感情の中で唯一完璧といえるほどのものなのかもしれないと私は思った。 「泣いても詮無い。幾ら泣こうが貴様が元の世界に帰れるわけでもないだろう。」 「………本当に酷い人。」 「どうとでも言え。貴様には泣く許可も死ぬ許可も与えない。」 女は今度は此方を睨んだ。怒りと憎悪、それらを孕んだ瞳は暗闇の中で鈍い光を放っていた。濡れた瞳の中に映る自分はさぞ冷たく世界一不幸で憐れな人間だ。目の前で泣く己が好いた女を抱き締めることも、女と共に綺麗に泣くことさえも出来ぬのだから。 2011.11.19. |