短編格納庫 | ナノ

奇跡の連鎖を伊達と体験

すれ違いざまにあの心地よい香りがして思わず足を止めた。振り向けば小さな背中が見えたので、それを何となく目で追ってみる。小さな背中は人ごみの中でもまれているかのようで頼りない。ゆっくりと、でも着実に追いかけてゆく。気付かれてしまうだろうかと心の家でどきどきしていたが、鈍感な彼女は恐らく気が付かづにいつものようにホームに向かって歩いてゆくだろう。ラッシュを少し過ぎた駅の構内は少しだけすいていたけれど電車が到着する度にたくさんの人間がなだれ込み、そしてその分電車に流れ込んで消えてゆく。それの繰り返し。彼女も流れ作業のようにローカル電車に乗り込むと、開いていた席に腰を下ろした。彼女は大きな花束を抱えていた。色とりどりの花はとても美しい。俺はそれを少しだけ離れた場所で見ていた。きっとこれから彼女はお祝いをしに行くのだ。この車両に乗っていた人間は心の中でこの花の美しさに心温まるだろう。


きれいなおはなだねえ、と子供が話しかけてきた。すると彼女はありがとうとほほ笑むと何のためらいもなく花束の中から小さくてかわいらしいスズランをちいさな女の子に手渡した。それを見ていた彼女の周りにいた、少し疲れた顔を浮かべる中年サラリーマンも、足がむくむと心配するOLも、黄色い帽子を被った小学生や老人の表情が晴れてゆく。


女の子はとても喜んで跳ねて母親の元へ行く。母親は彼女に感謝し会釈する。そして母親は「お前のように小さくてかわいらしい花ね。帰ったら花瓶に飾りましょう」と子供に向かって話す。すると子供は嬉しくてそれを父にも報告するだろう。父は話を聞き、花瓶の花を見ながら、とても幸せな気持ちになるだろう。そしてどれだけ子供を愛しているか話すだろう。子供は幸せに包まれて育つだろう。


そうして彼女はすくすく育ち、花の好きな女性に育つだろう。彼女は両親の愛に包まれて素直で明るい少女に育ち、自分もいつかの女性のように他人に花を上げようと考える。彼女は自分の育てたスズランを抱えて公園に向かった。公園には一人のサラリーマンが居た。中年のサラリーマンは疲れたような表情でベンチに座り溜息を吐いていた。少女はサラリーマンにこういう。「何があったかはわかりませんが、どうぞ、元気を出してください。」と。


サラリーマンはスズランを受け取ると、少しだけ泣きそうになりながら礼を述べるだろう。実はそのサラリーマンは最近仕事で失敗し、家庭でも年頃の娘と犬を飼うかかわないかでケンカをし落ち込んでいたのだが、少しだけ元気になった。サラリーマンはその小さなスズランを片手に、ペットショップに向かうだろ。そして娘によく似た目のくりくりとした可愛らしいポメラニアンを買うだろう。ポメラニアンを見た娘は嬉しさのあまり父親に抱きついて喜ぶだろう。そうしてサラリーマンはこれからも娘のために仕事も頑張ろうと決意するだろう。


娘は父に買ってもらったポメラニアンをとても可愛がるだろう。毎日散歩に行き、ご飯を食べさせ、体を洗う。そうしていつものようにお散歩の際に通る公園で一人のおじいさんに出会うだろう。おじいさんはこの公園によく来て掃除をしたり、花壇に花を植えたりした。おじいさんの植える花はどれも美しくい元気に育ち、公園に来る人々を喜ばせるだろう。そうしてそれを見た少女はおじいさんにこういうだろう。「とても素敵なお花だわ。素敵な花を植えて下さりありがとう。」と。それを聞いたおじいさんは嬉しくなって、おばあさんに報告するだろう。それを聞いたおばあさんは嬉しくなって、今日の夕飯には少しだけ豪勢に鯛を出すことにした。


鯛を二匹下さい、とおばあさんが言えば、魚屋の大将は喜んで三匹差し出すだろう。そして手渡されたおばあさんは気前がいいと喜ぶだろう。実は最近大将の息子が真面目に家を継ぐと申し出てくれて、大将は嬉しくてうれしくて仕方がなかった。そうして気前よくお客さんに振舞っていたのだ。おばあさんの隣にいた痩せ細った女性がさんまを三匹下さいと言えば、大将は微笑みながら五匹もくれた。こんなにもらえないという女性に魚屋の大将は優しくこういうだろう。「きちんと食べないと、体を壊しますよ。お子さんにはあなたしかいないのだから。」と。それを聞いた女性は嬉しさのあまり、お魚屋さんの前でうれし泣きをするだろう。


実は女性は子供が三人いるシングルマザーだった。だが暮らしは貧しく、子供たちを食べさせるのがやっとの生活で、しばしば自分の食費を削っていた。久々に口にした焼いたさんまは油が乗っていておいしかった。美味しそうにご飯を頬張る子供たちと食卓を囲みながら、女性はこういうだろう。「きちんと食べて、大きくなるんだよ。お前たちが元気に大きくなって行くのを見るのが私の楽しみなんだから。」と。すると子供たちは口々に、「大きくなったら立派になって、ママを楽にさせる」というだろう。そして宣言通り皆立派に育ち、一番上の兄は奨学金の力を借りて大学に進学、後に弁護士になるだろう。そうして三兄弟力を合わせて母親のために立派な家を買い母親四人で穏やかに、幸せに暮らしてゆくだろう。


そうして長男はあるとき職場で素敵な女性と巡り合うだろう。女性は小学校のころに男の子からいじめに遭い、男性恐怖症だった。しかし彼の真摯で誠実なところに少し筒だが打ち解けて、やがて結婚するだろう。女性の家族は勿論、皆が祝福するだろう。中でも、女性のたった一人の仲のよかった妹は自分のことのようにとても喜び、幸せな気持ちになるだろう。そうして女性と長男はお互い仕事をしつつ幸せな生活を送っていくうちに、彼女のお腹に小さな命が宿るだろう。二人は毎日幸せで、幸せで仕方がなく、我が子の誕生を心待ちにするだろう。定期的に妹と婦人科に通い、どんどん大きくなるお腹を見ながら愛おしさが込み上げてくるだろう。そうして月日が経ち、無事に女性は双子の女の子を生むだろう。その報告を聞いた妹は歓喜に満ちた心地で駅前の花屋さんに行くだろう。


花屋さんで大きな花束を注文すると、高校生らしいバイトの女の子が少し緊張したように花束を繕うだろう。そうして高校生らしい女の子は期待に添えただろうかという面持ちで大きな花束を妹に手渡すだろう。それをみた妹は穏やかな表情でこういうだろう。「とても素敵な花束をありがとう。きっと姉も、兄も、姪っ子たちも喜びます。」と。それを聞いた高校生の女の子はぱあっと明るい表情で妹を見送るだろう。そうして彼女は花束を抱えたまま、姉夫婦と姪っ子のいる病院に向かうだろう。そしてホームに向かう途中である男とすれ違うだろう。

男は妹と同じ大学の友人だった。妹は男に好意を抱いていたが告白できずにいた。それを男は知っていた。なぜならば男も彼女を愛していたからだ。そうして男は思わず彼女の小さな背中を追いかけ、乗る予定も無かった電車に乗るだろう。そうして今しがた乗ってきた老人に席を譲る大きな花束を抱える彼女をかたっぽの目で捕えると、すぐさま彼女の元へ向かい、そして男はこう言うだろう。

「なまえ、好きだ。」

すると彼女はこの一連の奇跡に少しだけ驚いて、そうして泣きそうな顔で花束を抱えながら笑うに違いない。


2012.03.19.

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