短編格納庫 | ナノ

情緒不安定と案外まともな石田

モグラが公園の道端で死んでいた。


それはひどく私に似ているようでとても悲しかった。気が付けば私は涙を流していた。道行く人は私と道端で息絶える小さな泥まみれの塊を交互に見て怪訝そうに眉を潜めた。彼らは私を滑稽な女子高生として認識し、道端に横たわるモグラの躯を見て気持ち悪いぐらいとしかン認識していないのだろう。所詮そんなものなのだ。そう思ったらどうにも悔しくて仕方がなくて、私はありったけの声で叫び声を上げて泣いた。公園に雷が落ちたような衝撃が走った。向こう側でブランコに乗って遊んでいた小学生くらいの子供たちはぎょっとしてこちらを凝視していた。ベンチの周りにいたママたちは何度か私を見ながらそそくさとベビーカーを押してどこかに行ってしまった。ゲートボールをしているおじさんやおばさんたちは見て見ぬフリをした。涙で霞む視界で見たゲートボールの試合は至極つまらなそうに見えた。犬の散歩をしていた人がこちらに向かってくる。ゴールデンレトリーバーを連れた、優しそうなおばさんだった。隣には娘なのかに十代風の女性の姿も見える。買い物袋を提げているところを見ると恐らく夕飯の買い出しに来たらしい。スーパーの袋からは長ネギの青々とした葉が顔を出していた。


「どうしたの、お姉ちゃん。」


おばさんはとても心配そうにこちらを覗き込むと気遣うようにそういってきた。ゴールデンレトリーバーのリードはおばさんが握っていた。犬の首輪は赤。見た感じ高そうで、毛並みの柔らかさを見ても大事に育てられているのだということが伺える。しっかりしつけをされていると見えて、無駄吠えはしなかった。いい子だ。だが犬は私ではなく、私の目の前で息絶えるモグラに興味を持ったらしい。荒い鼻息をしながら犬は瞬く間に回り込んでモグラをくんくん嗅ぎ出した。私はそれを見た瞬間頭が真っ白になった。


「止めて!!」


一等大きな声で犬に言えば、犬は驚いたように身じろぎした。おばさんも驚いた様子でこちらを見る。相対して娘さんは眉間に皺を寄せた。そして娘さんは早く行こうとおばさんの腕を引っ張った。皆が見ているから嫌なのか。そんなに人目が嫌か。だったら最初から助けるな。何でここに居る奴らはこのモグラを見ていながらも見て見ぬフリをするんだ。ここに居るアンタたちだってこれを見たでしょう、なんで放っておくのさ。罵声に近い言葉をボロクソ言って喚けば、おばさんの表情衣が見る見るうちに嫌悪と恐怖に染まってゆく。私はもうその時点でヒステリックを起こしていたのだ。心の中ではどうしようと焦燥に駆られている癖に口から出る言葉はまるで罵声だ。だが間違いなくそれも私の本音なのだ。焦燥に駆られながらも、周囲の痛い視線に対する恐怖や嫌悪を感じながらも、それでも私は止められなかった。限界を超えた気がした。


「……おい」


何だ、と言いかけて、私は目を見開いた。


「……み、つなりくん」




・・・




冬の季節の土は存外暖かなものだった。そして柔らかい。きっとモグラも生前この暖かな土の中で健やかに暮らしていたことだろう。手袋をしていないせいか爪がもう真っ黒になっていた。すぐ傍のベンチで三成君が黙ったまま、私が黙々と土を掘る様子を見ていた。公園は先ほどよりも人気がなくなっているようにも見えた。空はまだ橙色だというのに。それを呟けば三成君はあきれたようにため息を吐いて、間違いなく貴様のせいだと言い放った。もちろん心当たりはあった。三成君は今度は私ではなくモグラを見遣った。道端にあった躯は今は公園の花壇の煉瓦の上に置いてある。触った時の冷たさは尋常ではなかった。野良猫や野犬に襲われなかったのが奇跡だと思った。冷たくて、泥まみれのそれは、私の小さな掌に収まるほどに小さくて、頼りなかった。


「驚いたでしょう。」
「ついに貴様が発狂したかと覚悟した。」
「はは、」


右手の人差し指に入った土を器用にとりながら笑えば、彼は無表情だった。かあかあと頭上で烏が弧を描いている。もしかしたらこのモグラを狙っているのかもしれないと思って警戒した。烏に襲われないようにゆっくりとモグラを掌に収めると、花壇の真新しい穴の中にゆっくりと移した。モグラは目が退化しているのだとテレビで聞いた。泥だらけの小さな手は仄かにピンク色で愛らしい。土の中のモグラはやけにしっくりきた。おやすみなさい、一言そうつぶやいた。それはまるでお別れの一言の用だと思った。こうして生き物ののお墓を作ったのはこれで五回目だった。皆の平均が分からないから詳しくは言えないが、たぶん多い方だとおもう。私はお墓を作るたびに生き物の死と向き合ってきたのだ。初めてのお墓は飼っていた亀のものだった。夏休みの自由研究にとお父さんがペットショップで買ってきた銭亀は、私が五年生に上がる前にあっけなく死んでしまった。鶴は千年、亀は万年なんて嘘だと思った。二回目は縁日の時に掬った金魚だ。これに至っては一か月も持たなかった。三匹つって三匹とも死んでしまったのだ。当時はそれが悲しくて、母親に何度か当たることもあった記憶がある。そして三回目は飼っていた犬の伊右衛門。私が生まれる前からかわれていた柴犬だ。私が中学に上がる前のことだった。彼の最後は老衰だった。気に入りのソファの上で家族に看取られて死んだのだ。伊右衛門の亡骸はとても綺麗だった。伊右衛門に関しては特別に火葬した。伊右衛門はたった一時間足らずで灰になってしまったが、腐ってゆく姿を見るよりはましだと思った。今は庭のお墓に埋めてある。お父さんが庭に埋めようと提案したので、私はそれを手伝った。今ではその上に綺麗な朝顔が咲いている。一番気持ちが悪かったのは後にも先にもカブトムシだ。従兄弟の慶ちゃんがくれたカブトムシの幼虫が死んだのだ。もともと乗り気ではなかったが、仕方なく彼の勧めでカブトムシの幼虫を数匹籠ごともらったのだ。もらった当初は弟は大喜びであったが、土の中で眠り特に何も動かない幼虫に飽きるのは目に見えていた。そのうち世話をしてやらなくなると、カブトムシが死んでいる噂が我が家に立った。もちろん、我が弟のせいであったが、弟がその真意を知ることを拒否したので、焼きが私に自然と回ったのである。至極嫌な役回りであったが、致し方がない。庭に籠を置いてスコップで慎重に掘り起こせば、土の中から黒々としたカブトムシの死体が出てきた。


「それがすっごい気持ち悪くてね。見れたもんじゃないの。何か臭いし。でも私たちのせいで死んじゃったって思ったら急に悲しくて、やりきれなくなってさ。」


カブトムシの死体を私は素手で触ると、素手でお墓を作ることにした。正直自分でもよく分からなかったけれど、当時はそれが一番の謝罪を表すのではと勝手にそう感じたのだった。弟はそんな私を見て至極気持ち悪いものを見るかのような目をして、私に向かって縁がチョなんてやっていた。私はそれが無性に腹立たしくて、そばにあった土を思いきり弟の顔面めがけて投げてやった記憶がある。それは馬鹿にされて自尊心が傷つけられたせいからくる怒りではなく、幼虫の死を目の前にして平然と不謹慎に笑う弟に対する嫌悪からであった。そしてこうなるまでカブトムシを放っておいた自分に対する怒りでもあった。私は解せなかったのだ。どうして目の前でいきものが死んだというのに見て見ぬフリが出来、そして笑うのか。まるで私が間違っているとでも言うかのように。そして私自身も何故こうなる前に私が確かめなかったのかも疑問だった。その当時にできる贖罪と言えば、素手でカブトムシの幼虫の死骸を触り、丁寧に埋葬し、生き残ったカブトムシをきちんとそだてることだった。弟にはカブトムシは私が育てると告げると、暫くは二人とも気まずい生活を送っていたのも今では思い出である。平生、あまり感情意をむき出しにしない私のあの気迫が怖かったと弟に告げられたのは、もうずいぶん前のことである。育てたカブトムシもまた、三年前の夏に立派に成長した後、あっけなく死んでしまった。



「今でもあの感触を覚えてるよ。何かこのモグラと似てる。ぐにゃっとして、土でかぴかぴするの。」
「そうか。」
「うん。」


空はすっかり暗くなっていた。冬の空はすぐに暗くなってしまうから困る。ふう、とため息をはくと立ち上がった。私がお墓を掘っている間、三成君は黙ったまま見届けていた。手についた土を払いながら、ゆっくりと三成君に向き合った。三成君はいつの間にか私のスクールバックを持っていてくれていた。私はそれをお礼を添えて受け取ると、そろそろ帰ると告げた。すると彼はいつになく小さな声で送るといった。学校の普段の姿からは想像できない紳士的な態度に吹き出しそうになりながらも、嫌ではなかったのでお願いすることにした。彼の家は私の近所で、毎回登下校には私と同じくこの公園を近道として通るらしかった。それにしても、三成君は部活動をやっているから、帰宅部の私とこうして放課後合うのは珍しかったのだ。


「三成君今日は部活休みだったんだ。」
「いや、今日は部活だ。」
「え、じゃあどうして。サボり?珍しいね。何か以外。」
「……モグラ、」
「え、」
「モグラが気になった。」
「…………、」
「……あのモグラを今朝見たが、時間がなかったから放っておいた。だが気になって仕方が無かった故墓の一つや二つ作ってやろうと……、」


何所か気恥ずかしそうに頬を赤くして語る横顔が、未だほんのり橙色と群青の混じった空に映えていた。私は驚いたように目を見開いたが、すぐさま笑いがこみあげてきて、ついにくちから笑みが零れた。


「……わ、笑うな。斬滅するぞ。」
「はは、やっぱり意外だ。何かあれだね、私たちちょっと似てるよ。」
「馬鹿か。誰が貴様と私が似ているもんか、」
「偏差値は雲泥の差って認めるけど、何となく似てるって。」


だから好きなのかな。


私がそういえば、隣で同じ歩幅で歩いていたはずの三成君が消えた。驚いて立ち止まり後ろを振り向けば、酷く驚いたように目を見開いてピシリと岩の如く固まる三成君の姿があった。そして私を見たまま暫しおしの如く黙ったまま動かなかったが、次第に何かを理解したと見えると、かあああ、と効果音が付くくらい白い頬を真っ赤に染めた。耳まで真っ赤だ。


「き、きさま、」
「あ、私家此処だから。またね。今日は付き合ってくれてありがとう。」


そういって逃げるように目の前の我が家に駆け込んで足早に別れを告げれば、私は急いで玄関の扉を閉めた。外の彼の様子がとても気になったが、扉ののぞき穴からのぞく勇気がなかなか出なかった。只今もそこそこに家に上がると、手についた泥を流そうとすぐさま洗面所に向かった。土を流しながら、自分が口にした先ほどの言葉の重大さをしみじみと考えさせられた。だが不思議と後悔は無かった。寧ろすっきりさえする。


明日三成君と顔を合わせずらいなあ、と鏡に映る頬を真っ赤にした自分を見ながらぼんやりと思った。


(モグラが死んだというのに。一番不謹慎なのは間違いなく自分だ。)


2012.02.02.

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