短編格納庫 | ナノ

優男サンジくんと親密な午後

「なまえちゃん、何か飲む?」
「うん。」
「温かい飲み物でいいかな?」
「うん。」
「珈琲とかでもいい?」
「うん。」
「苦いの苦手だったよね。」
「うん。」
「砂糖多めに入れとくね。」
「うん。」
「ん、出来たよ。」
「うん。」
「昔昔、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。」


そう言えば、なまえちゃんはその整った眉を潜めた。やっと視線を本から反らし、確りと俺を見据えると、何言ってんのと一言そう言って目の前に差し出した珈琲のマグカップに口を付けた。

「話し聞いてるか心配になっちゃってさ。」
「同じ空間にいるんだから耳に入ってる。」
「そっか、そうだよね。悪かったよ。」
「何で謝るの?」
「いや、別に。」
「そう。」


なまえちゃんは淡々と言うと、また本に神経を集中させて俺から視線を反らした。俺もこの空気に何となく馴染めなくて、逃げるようになまえちゃんから視線を反らした。何と無しに窓を覗けば、青い海が相変わらず美しく広がっているのが見えた。午後を過ぎたこの時間は世界はゆったりと動いていて、酷く静穏だった。本当に此処が海賊船なのかと疑ってしまいたくなる程に。他のクルーは外に出ていて、今この度船に居るのは俺となまえちゃんとクソマリモの三人だけ。もっとも、マリモは外にいてこのキッチンにはいないのだが。

「何でルフィたちについてかなかったんだい?」
「私が此処にいちゃ駄目なのかしら?」
「いや、そう言う意味で言った訳じゃ、」
「解ってるよ。何となく、今日は大人しく船番したい気分だったから。動くのも面倒くさいし。」
「そっか…」

嬉しさと落胆とが複雑に入り交じったように一言呟いた。二人きりになれたという喜びと、残った理由には自分には何の関係性の無いことが、心の中でぐにゃぐにゃと混ざりあって、まるで珈琲の中の砂糖のように溶けていった。口に加えていた煙草の火を消すと、なまえちゃんと向かい合わせになるように座った。なまえちゃんのふんわりとした柔らかそうな綿菓子のような髪の毛が、窓の隙間から吹き込んでくる潮風に靡いてキラキラと輝いて綺麗だった。

「何か顔に付いてる?」
「いや。なまえちゃんがあんまり綺麗だからさ。」
「そうやって色んな女の子をいつも口説いてるんだね。」
「なまえちゃんは特別だよ。」
「それ、この前も言ったよね。」
「そうだっけ。」
「そうだよ。」

ふふ、と笑ってなまえちゃんは軽やかな手付きでページを捲った。なまえちゃんの着けている銀色のピアスがきらりと光った。なまえちゃんの耳には沢山のピアスホールが空いていて、まるで蜂の巣みたいだった。昔、何故そんなに開けたのかと問いかけたことが何度かあった。問いかける度になまえちゃんは、自分の身体に穴を開けると、寂しい気持ちが楽になるからだと笑顔で言っていた。それを聞く度に無性に虚しい気持ちになったのを、今でも鮮明に覚えている。

「なまえちゃん。」
「うん。」
「俺さ、」
「うん。」
「好きだよ。」

逃げられないように、縫い付けるような視線で彼女を捉える。彼女は動かない。呼吸を一瞬をとめたみたいに動かない。その瞳に小さく自身が映る。本に添えられた手に触れてみれば、冷たくて、触れればかすかに震えた。

「なまえちゃん、」
「……………。」
「だからもう、身体に穴を開けるなよ。」
「……………。」
「俺がずっと傍に居たら寂しくないだろう。」

暫く経った後に、なまえちゃんは小さく、本当に小さく頷いた。彼女の小さな手に俺の手の温度が伝わってじんじん熱い。小さなピアスホールからは、小さく太陽の光が見えた気がした。


2010.11.01.
2015.11.01.加筆修正.


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