捕食者ローと忘れた頃に祝う誕生日 うわっ、と思った時はすでにもう手遅れだった。両手は船長に頼まれて持っていこうとした珈琲のマグカップで塞がっていたし、他にこれを防ぐ手立てはなかったから、結局私はなすがまま、顔面を強打した。なぜそうなったかは単純明解。我が船長のそれはそれは長くお美しい脚に、私の足が引っかかり躓いてしまったのだ。わざと足を引っかけられたかは解らない。だがいずれにせよ顔面には強い痛みが走り、私はあまりの痛さに床に倒れ込むようにして悶絶していた。そんな哀れな様子を見下ろして船長は何故かにやりと笑った。明らかに確信犯だろ、おい。 「なにやってんだ、お前は。」 「それは此方の台詞ですよ船長。女の子の顔は命なんですから…。」 つぶれてしまった鼻を抑えながらゆっくりと立ち上がれば、船長はごめんのひとつもなく、心配する様子でもなく、いつものポーカーフェイスで私を見た。おいおいおい、ふざけるのも大概にしろよこの隈野郎、なんて言えなくて、私はひたすら痛みに耐えるしかない。 「船長、今わざと足を引っかけましたよね?」 「ああ?」 「…いえ、そうじゃなくて、なんていうかその…。わざとじゃなくても、私は船長の足のせいで顔面を強打してしまいました。」 「そうか、悪かったな。俺の足が長いせいで。」 船長はにたりと笑ってそう言った。謝る気皆無の態度に私の怒りのゲージは絶頂を迎えたが、ここで下手に反抗すれば自分の命が危ない。そう思ってここはぐっと我慢して何も言わずに立ち上がった。 「あーあ……。」 転んだ拍子に持っていた珈琲をも道ずれにしてしまい、珈琲を床にぶちまけてしまった。今日は船長の誕生日だから(ついさっきベポに教えてもらって知った)、一生懸命いつもの珈琲とはひと味違うカプチーノを作っててっぺんに可愛いハートをかいた力作だったのに。今日が船長誕生日だなんて知らなかったからプレゼントも用意してなかったからそれを細やかなプレゼントにしようしたが、それも誕生日の当本人のせいで駄目になってしまった。 「(もとはといえば知らなかった自分がいけないんだけどね。)」 仕方がないので掃除をしようとして立ち上がれば、腕をぐいと凄い力で引っ張られた。ぐらりと視界が反転する。手を引っ張ったのは紛れもなく我が船長だ。船長は私の顔を見ると、口を開いた。 「なまえ、鼻血が出てるぞ。」 「え、」 驚いて手を鼻に添えたら、生暖かな液体が手に触れた。それは紛れもなく自分の血液であった。きっと顔面を強打した際に鼻の毛細血管でもブチ切れてしまったのであろう。無理もない、それぐらいの衝撃だったのだから。流れ出た血を拭こうとして移動しようとしたら、また船長に腕を引っ張られた。 「ちょっと、離して下さいよ。鼻血拭きたいんで。」 「だから、そっちじゃねえよ。」 「はあ?意味解らないんですけど。だからって何ですか。」 「鼻血拭きてェんだろ?そっちじゃなくて此方だ。」 そう言って船長は私を片手で抱き抱えると、無理矢理歩き始めた。何か嫌な予感が頭を駆け巡る。 「ちょ、何処いくつもりですか!?」 「落ち着けよ。俺が診てやるから。」 「結構です!たかが鼻血なんだからティッシュで拭いちゃえば平気ですから!」 「されど鼻血だ、もし鼻折れてたら後々大変だから黙って付いてくりゃあいいんだよ。」 いやいや、もとはといえばあなたのせいでしょうが。何度か抵抗したがやはり無駄だった。そして診察室を通り過ぎたあたりからはっと気がついた。 「船長、診察室通り過ぎたけど……。」 「そうだな。」 「一体どこつれてく気ですか?」 「……なまえ、今日は何の日か知ってるか?」 「え、船長の誕生日…すか…?」 「そうだ。」 「……………。」 「……………。」 え、だから何だと言うのだろうか。それによく見たらなぜか船長の口元が嫌に上がっている。それをみたら悪寒が走った。超怖いんですけど。船長はそれ以上口を開くことはなかった。結局私は何も知らされないまま船長の寝室に入れさせられた。 そして私は食べられた 2015.10.31. |