短編格納庫 | ナノ

徳川と一緒に泣いちゃう

彼の手のひらは傷だらけだ。傷だらけの手でいくつもの命をすくい、そして奪う。彼の手は大きくて暖かい。私の白くて綺麗なてとは全然違うけれど、私の手よりも美しい。生と死を持っている手だ。私はその手に掬い上げられた人間の一人に過ぎない。彼はよく笑う。笑顔が似合う男だ。その笑顔は喜びと悲しみを孕んでいる。だから私は彼の笑顔を見ると嬉しくなって、そして心の奥がぎゅううと握りつぶされるように苦しくなって悲しくて涙を流す。彼はよく笑うけれど、よく嘘をつく男だ。そして男のつく嘘は優しさと残酷さを持っている。でも彼の嘘は確実に人々を幸いへと導く。そうして傷だらけの手を持つ彼は、手の白くて小さくて薄汚い女を今日も救い続ける。
「ん、なんだ?」
彼はそう言って少しだけこちらに視線を落とす。私はバツが悪そうにうつむいたまま、思わずと手を伸ばし掴んだ彼の手を握り締めた。彼は少しだけ困惑した様子だったが私の反応を待っている様子だった。夜の静かさで時間がひどく穏やかに運んでいるようだ。今しがた立ち上がろうとした彼は再びその腰を布団の上に下ろした。私をまっすぐ見据えたまま、少しだけはにかんで見せた。私は唇を噛む。
「噛んではダメだ。」
彼はもう片方の手で私の唇に触れた。暖かく少しだけ固い指の腹が私の唇をなぞる。私はたまらず掴んでいた手を自分の腹に宛てた。彼は驚いたあとに、刹那、悲しそうな表情を見せたが隠すようにすぐさま笑顔を取り戻す。そうして私を抱きしめると布団の中に体を倒した。自然と私の頭は彼の分厚い胸板に当たる。暖かくてすべすべした。彼は一瞬私から手を逃れようとしたが私が力を込めたのを見て観念したように片方の手で抱きしめた。
「この腹を破ってくださいまし。」
「何を言っているんだ。」
「どうせお役目に立てぬ代物です、腹を破って。」
表情は見えないけれど彼はとても悲しい表情を浮かべている気がした。
「ハハ、ワシは子供なんて、欲しいだなんて思ってない。でもお前を失うのは駄目だ。」
「………」
「だからもうこんな悲しいことはしないでくれ、そんなことで涙を流すのはやめてくれ。」
もともと暗かった視界は次第に海の中のように揺らいでいて、彼は私から少し離れると顔を近づけた。そうして私の涙を拭う。嗚咽を吐きそうになれば背を撫でた。そうしてまた涙をぬぐい、抱きしめる。彼の手はせわしなく濡れて、乾くことはない。でも流れるものはとめどない。なぜならば私は知っている。どれほど彼が私とのあいだにややを授かりたいか、どれほどそのややをその傷だらけの手で抱き上げたいか。そうして、彼は私が心から子供を欲しがっていることを、自分の事を思って苦しみ泣いていることを、知っている。彼の手が頬に触れるたびに私は安心して、それでまた嬉しくて悲しくて泣く。今夜も彼の手は暖かくて優しくて悲しくて、寂しい。


2013.02.15.

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