わざと聞き返すエース先輩 午前零時回った夜の町は目がチカチカするほど辺り一面外灯で照らされ、空に張り付いた幾つかの星の光を奪っていた。深呼吸をすれば、タバコやら排気ガスやらが混じったくすんだ色の空気が肺に入り込んで身体中に浸透していった。 「落っこちるなよ、」 「んんー…。」 寝ぼけているなまえを背負って歩き出せば、周りを歩いていた通行人がチラチラと此方を見て微笑ましそうに笑った。そりゃあ見てる方は微笑ましい限りだろうなあ、此方は大の大人の女をまさかおぶるなんて面倒くさくて仕方がない、と心の中で悪態をつく。上司に誘われたからって無理して苦手な酒をあんなに飲む必要などなかったのに。こんなことになら無理矢理でも止めるのだったと、今更後悔したが所謂それは後の祭りというやつで。 「エースぅ…?」 「ああ?」 夢と現実を先程から行き来しているなまえの目は虚ろで、本当に起きているのか寝ているのか判断がつかなかった。とりあえず返事を返すと、なまえは安心したようにふっと笑って口を開いた。 「重いでしょ、ごめんね。」 「今度は無理すんなよ。無理したら体に毒だ。」 「はあい。」 子供のような素直な返事を返すと、なまえはまた暫く黙ったままになった。鉄橋下を歩いていると、靴底がコンクリートの地面に当たる音がよく響いた。時折、電車が通って、鉄橋を大きく揺らした。 「前にもこんなことあったね。」 「お前はいつも俺に迷惑かけてばっかりだな。」 「ごめんね。」 「もう慣れた。」 そう吐き捨てるように言えば、なまえはまたふにゃりと笑った。顔は見えないけどそれがよくわかった。 「いつもエースは私のこと助けてくれるからさ、頼りにしてるんだ。」 「そろそろ大人になれよ。」 「やだあ、絶対無理。」 自信満々にそう言って、なまえは誇らし気な表情を浮かべた。なんで自慢気に言えるんだよ、こいつは。また小さく溜め息を吐いて、なまえをよいしょ、と背負い直した。 「エース。」 「今度は何だ?」 「あのさ、―――…。」 「ああ??」 「だから、―――…!」 「聞こえねえ!」 ちょうどその時、電車が鉄橋を通り、なまえの言葉が綺麗にかき消された。通り過ぎたあと、聞き直したが、言い終わったと同時になまえはぐっすりと眠ってしまった様子だった。 「なまえ…。」 本当は聞こえていたのだけれど、思わず聞き返すような真似した俺は、もしかしたらなまえよりも子供じみていたのかもしれないな、と心の中でぼんやり思った。 背負う重みと耳元の吐息 title gazelle. |