片想いを終わらせる
「名前、あなたそろそろいい年なんだから。結婚は考えてるの?」
「あー……え、っと、それは……」
母に言われて、うっと言葉が詰まる。結婚できるような相手はいない。いないけど、ずっと片想いしてきた相手はいる。その人といつか付き合って結婚、なんて夢を考えていた。
「そうだと思って、お見合い相手探してきたの」
しかしついに今日、その夢が非現実的だと突きつけられた。
「ま、待ってお母さん!」
でも、それを黙って受け入れられるなら、こんなに片想い続けていない。
「お願い!1日待って!」
終わるにしても、ちゃんと振られて終わりにしたいんだ。
ビスケットに合うジャムを数瓶買い、クラッカーの家に向かう。アポ取ってないけど、出待ちだってなんだってやる覚悟だ。
「あれって……クラッカー?」
その道中、外ではいつも鎧を纏っている件の相手が珍しく鎧を着けずに歩いていた。いきなり会ってびっくりしたけど、よし!
行くしかない!
一歩踏み出そうとしたけど、やめた。
「クラッカー様好き〜!」
クラッカーの隣には見知らぬ女性が寄りそって歩いていたから。
スタイル良くて、美人で、声も可愛いかった。将星の隣に相応しい女性。そのフレーズが似合う人だと、一目で思った。
その人はクラッカーの腕を引き、唇を重ねようと目を閉じた。
「あ……」
逃げよう。こんなシーン見せられたら、失恋は確定だ。ここで告白したら、傷口を抉るだけ。
後ずさりしようと一歩退いた。
「やめろ。デートは許可したが、キスまで許した覚えはない」
「えー、ケチー」
クラッカーの不機嫌な声に、え、と動きが止まる。相手の子も、クラッカーから嫌がられて振りほどかれたのに笑っているし、どういうことなのか追いつかない。
「そもそも、お前とのデートだって名前との予行演習だと言……った……」
不意に後ろを向いたクラッカーとばっちり目が合った。なんて状況だ。
「クラッカー……」
「名前……どうして、ここに」
クラッカーの質問に答えられずに間があく。告白しに来ました?失恋しに来ました?
どちらにしても、恥ずかしすぎて二人きりの時じゃないと言えない。
そんな重い沈黙を破ったのは、あの女の子だった。
「ああ、これが噂の名前ちゃんか!お邪魔しちゃ悪いし、先戻ってる!」
「悪い……」
クラッカーから離れて先に立ったその子の方に、パン、と手を叩くとビスケットの兵隊さんが1人出てきた。
「ありがと!ちゃんと誤解とくんだよ!」
クラッカーに軽く手を振り、その子は兵隊さんと一緒に進んでいってしまった。
「……いいの?あの子」
「ただのママの客人だ。ビスケット兵もつけているから心配はない」
「そう、なんだ」
そう言って沈黙する。
あの子が恋人じゃなかったことは分かった。なら告白したっていいはずなのに、言葉が出ない。玉砕覚悟の告白をするつもりだったのに、どうして今更躊躇してるんだろう。
言わなくちゃ。顔を上げ、クラッカーの目を見る。
「名前、俺と付き合ってくれ」
告白しようとしたら、幻聴が聞こえた。ずっとずっと言われたかった声で、台詞が、耳に流れてきた。
「……え?」
「お前絶対勘違いしてるだろ。このままだと俺が痛い思いしちまう」
少し距離があった私たちのあいだが、クラッカーの一歩で縮まる。心臓が痛いほど早打ちする。
「俺の恋人になれ」
しっかりと目を見て言われ、内容を理解して、自分の中でその言葉を繰り返す。
「うぅ〜……っ!」
次から次へと溢れる涙は抑えることなんてできなくて、滝のように流れ落ちる。
「……どうして泣くんだ。やっぱりお前、俺以外の男と……」
「違う!!」
あり得ない言葉をかけられ、反射で否定する。私にはクラッカー以外の人を考えたことなんてない。
「ずっと、片想いだと、お、思ってたから……クラッカーから、こ、告白ざれるなんで、嬉しすぎて……!」
泣きじゃくりながら素直な気持ちを伝える。クラッカーは何も言わず、ただそこにいてくれた。
涙をぐっと拭って、笑う。
「私、絶対クラッカーのこと幸せにする!」
「ハッ、逆だろ。俺が名前を世界一幸せな女にすんだよ」
挑戦的に笑うクラッカーがカッコ良すぎて、また視界が霞んだ。
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