とかして、といて、結ばれて
「名前、おはよう」
「おはようございます、クラッカーさん」
ふわぁ、とあくびをしながらベッドから起き上がる。寝ぼけ眼をこすりながらドレッサーに置いてあるいつものヘアブラシを取って、ベッドの方に足を向ける。
ベッドの淵にちょこんと座っているクラッカーさん可愛いなぁ、と思いながらベッドに上って後ろに座る。そして、綺麗な紫色の髪にブラシを通した。
いつから始まったのかは思い出せないけど、毎朝クラッカーさんの髪を梳かすのが、私の日課になっている。
サラサラで艶のある、女性の私顔負けの美しい髪を梳かす、なんてない普通の時間が、私は好きだ。
「私はクラッカーさんの髪を梳かせはできますが、結べないじゃないですか。勉強しようかなって考えているんです」
「無理だろ」
即答されムッ、と思ったけど、たしかにあの火花は作れないと思う。火傷しないように結ぶのは至難の業だろう。
「そうですよね……」
はぁ。髪を梳かす以外で何かできることは無いかと考えたけど、なかなか難しい。海賊でも何でもない私にはどうにもできないことばかりだけど、何かしらクラッカーさんのお役に立ちたい。
「どうせ勉強するなら、ビスケットに合うジャムのレシピでも考えたらどうだ?」
クラッカーさんの言葉にハッとした。
お菓子はクラッカーさんが担当、みたいな固定概念があったから、そもそもその領域に踏みいろうとすら考えてなかった。
そっか、その手があった!
「そうします!完成したら、クラッカーさんに査定してもらいますね!」
ビスケットに関することは一切妥協しないクラッカーさんだから、認めてもらうのは絶対時間かかるんだろうなあ。
だけどいつか認めてもらって、美味しいって食べてほしい。
新しい目標ができて、ほっこりした気持ちでブラシを次の束に入れた。
「出たぞ」
「今行きます!」
夜。お風呂から出てきた後のブラッシングも私がやらせてもらっている。寝室に戻ってブラシを取り、脱衣所に向かう。
鏡の前の、脱衣所に一つだけある椅子に座って私を待っていてくれているクラッカーさんが目に入る。自分で梳かす方が早いのに、私に頼んでじっと待っているところが子どもみたいで可愛い。
ドライヤーで乾燥したばかりの髪にブラシを入れるのは、朝とはまた違った感触で楽しい。
「朝も夜も毎日クラッカーさんの髪の毛梳かしていて思ったんですけど、自分でやらないんですか?」
「……不満なのか?」
「いえまさか!とても楽しいですよ」
「楽しい?」
意外そうな声で聞き返された。
鏡の前でやっているのに、座ったままでもクラッカーさんの方が高いから、髪を梳かしながらだと鏡が見えない。表情を想像しながら、微笑んで答える。
「ええ。こうやって近くでクラッカーさんとお話しできるこの時間が、私好きなんです」
艶やかな髪を一束すくって、指を通す。
あともう少し梳かした方が良さそう。もう一回ブラシをかけ始める。
「名前は上手いな……」
「そりゃあ毎日梳かしていますから!」
あと少し待ってて下さいね、と言いながら全体的に軽くブラシを入れていく。
「それもだが……いや、いい」
「なんですか、もう」
変なことを言うクラッカーさんが珍しくて笑ってしまう。
やっぱりこの時間が好きだと、改めて思う。
「また明日も梳かしてくれるんだよな?」
「自分でやるって言われない限り、毎日やりますよ」
「じゃあ一生だな」
その言葉を聴いて、たまらず額を彼の髪に埋める。シャンプーのいい香りが鼻をくすぐった。
大好き、という暖かい気持ちが満たされて溢れて仕方ない。
一生といわず、来世もやらせてほしいです!
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