Short story

打ち上げ花火、いつもより少し上から見るか

茹だる暑さに、人混みの熱。騒めき声が集まって、隣の人の声すらはっきりと聞こえないのに、頭上から聞こえるは弩級の轟音。チカチカと光が降り注ぎ、確かにそこにあると分かるのに。

「見えない」

せっかく花火大会に来たっていうのに人が多すぎて、見上げたところで花火なんて少しも見えなかった。



夏といえば花火だよね、と人混みのリスクを取って選んだこの花火大会。彼氏であるカタクリと初めて迎える夏、華々しい思い出を残したいと前々から企画していたのに、この人混みの多さだけは想定外だった。いつもテレビから見てるだけだったから実際会場に来たのは初めてだけど、ここまで人いたんだ。
ただでさえ暑い夜、こんなに人がいてムワッとして不快なのに、花火見えないとか苦行にしかならない。

必死で背伸びしてみても、私に届くのはドーンという爆音と、それに合わせる閃光だけ。頭をずらしてなんとか見ようとしたら、コツン、と頭に何か当たった。
見上げると、それはカタクリだった。聞こえる距離が短くなっているからとは分かっているけど、至近距離の顔にドキッとする。

「名前、見えてないのか?」
「カタクリは大きいから見えてるんだろうけど!私は、何も見えてない!」
「おい、凄い花火が来そうだぞ!」
「次か!いよいよだな!」

近い距離でもほとんど聞こえないから大声で話していたが、騒つく会場にカタクリとの会話が強制的に切られる。口が動いているのは見えても、声は届かないから、再び空に視線を戻した。
それに、次が目玉花火だから、絶対に見たい!

つま先立ちになったら少しは、と思ったけど、あと少し、高さが足りない。

その間に無情にも、ヒュルルルル……と打ち上げの前音が響く。

「全然見えない!ああ、もう!」

あと数秒で、打ち上がってしまう花火。まだ何も見れてない。何のためにここまで来たのか。

「好きな人と見たかったのに!」

歓声に紛れて消えた叫び。そうなるはずだったのに。



ドーーーン!!!と盛大に花開いた花火は、今まで見てきた花火よりよ雄大で華やかに咲き誇り、そのまま崩れるように煌めく光となって夜空に落ち、消えていった。



「見えたか?」
すぐ側で聞こえる、カタクリの声。暑さや喧騒も全て落ち着いていて、花火がはっきり見える場所。

叫んだあの一瞬、カタクリに抱き上げられて、花火を見上げることができた。

だけど、こんないっぱい人いるのに、だっことか。だっことか……!
他人の目を考えるだけで羞恥心に溺れる。

後ろを振り返り、だっこしている本人を伺う。

「なんで、こんなとこでだっこなんて……」
「俺も、名前と見たいから来たんだ」

心なしか上機嫌のカタクリからの返答に、ピシリと固まる。聞こえてたのか。どうせ聞こえてないと思って叫んだのに。



次の花火は赤色の花火だった。だけど、もしカタクリが私の顔が赤色に見えたなら、それは花火だけのせいじゃないかもしれない。



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テーマ「人外ファンタジー」
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