慌てて言い間違えるとこも好き
「名前……ただいま」
今日は一日中書類整理で疲れが溜まっていたが、愛する妻の名前が待っている自宅に帰ってきただけで、疲れが癒される。更に、名前がエプロンを着けて菜箸を持ってニコニコと出迎えてくれ、嫁の癒し効果は絶大だ。
良妻と結婚できたことに感謝し、幸せの匂いがする食卓へと足を運ぶ。
その俺の後ろを歩きながら、名前は口を開く。
「ご飯もお風呂も用意できてるよ。すごく疲れてるみたいだから、どっちからでもいいように。だけどね……」
不意に、後ろの足音が止まった。
どうしたものかと後ろを振り返ろうとして、ゾワっとした。
未来が、見えてしまった。
「今日、スタイル良い女の子と一緒に歩いていたでしょう?あれ、どちら様?」
振り向いた先の名前の顔は、笑っているのに、笑っていなかった。
「彼女と、何か、疲れることをしたの?」
手に持っている菜箸をギュっと握りしめて、圧のこもった笑顔を背中にぶつけられる。名前の態度に冷や汗が止まらない。
ここまで来ると、その小さな手に持っている菜箸が凶器に、圧が覇気にすら思えてくる。名前は一般人、覇気を出すどころか、菜箸で俺を刺すなんてできないのは理解しているが、強敵に背を取られている気分だ。
それに、名前は勘違いしている。確かに少しの時間女と一緒に歩いたが、相手はスムージーだ。やましい事など何もない。
気圧されてしまったが、黙っていては更に圧が強まるばかりだ。
意を決して振り返り、乾いた唇を動かす。
「つ、つ、つ、積まれたことなんてすてない」
慌ててつい言い間違えてしまったと気が付いた時には、やってしまった、と全身の血が引いた。これでは、浮気がバレで動揺しているようにしか見えないではないか。
未来なんて見れたものじゃない……!
マフラーに隠れた口元がひくつく。
「疲れた、ね?」
が、名前はクスッと笑った。
同時に雰囲気が緩まり、緊張感が抜けていく。今度こそ、と落ち着いて弁明をすることにした。
「……あれは妹だ。やましい事は何もない」
「知ってる。カタクリの慌てるところが見たかっただけ」
あはは、と悪びれなく、満足そうな面持ちの名前に、どっと肩の力が抜け落ちる。
知ってて、聞いてきたのか。
「……ごめんね、可愛いカタクリが見たくなっちゃって……」
眉を下げて、怒ってる?と様子を伺ってくる小動物のような嫁に、抗議を込めて頬を引っ張った。