Short story

ハロー、レイニーデイ

6月に入ってからの初雨は、突然だった。

「あ、雨」

ポツン、と垂れた雨粒は瞬く間に大粒になり、大雨になった。私は予備に持ち歩いていた傘を差し、雨空に花を開かせる。最近新調した、お気に入りの傘待望のデビューだ。



雨でみんな帰ったのか、いつもの活気はない大通り。人の声もせず、さあさあと静かな雨音だけが聞こえる。雨に町が包み込まれたみたいで、もはや別世界。

雨の独特な世界にわずかながら心躍らせ家路へ向かっていたら、こんな街中で会うはずのない方を見つけてしまった。

雨の中、視界悪いから見間違いかと思っても、間違えるわけがない。
あのお方は、この島を治めているカタクリ様だ。雨に濡れていてもかっこいい。

クールで格好良くて、優しくて強くて。この島の女性はみんなカタクリ様のファンといっても過言ではない。
かくいう私もカタクリ様に想いを寄せている。だけどただの町娘たる私は遠くから見つめるだけで、直接お話ししたことなどないし、そんな機会は絶対にないと思っていた。

しかし目の前には、カタクリ様がいる。カタクリ様しかいない。
それに、こんな強い雨の中、傘を差さずに歩いていらっしゃる。そして私の手には、新品の傘。

やるなら、いまだ。

ぴちゃん、と小さな水たまりを散らす。

「カタクリ様、どうぞ!」
右手に持っていた傘をカタクリ様の手に差し出す。途端にシャワーを浴びているかのように、雫が髪にはりつく。

「小さい傘ですけど、少しは濡れなくて済みますよ」
不快には不快だけど、初めてカタクリ様と話せた。それだけで私の心には雲ひとつない、幸せな気持ちだ。

カタクリ様が傘を受け取ってくれたら、走って家まで帰ろう。と考えていたら、傘を持っていた手ごと握られた。

「まあ待て」

は、は……て、手……私、カタクリ様と、手……

「名前は?」
「は、はいっ!名前、と、申します!」

手に触れられ、お話、した。

何が起こったのか認識した途端、熱が頬に集まった。熱い、心臓がバクバクする。あまりの感激に手が震える。それがカタクリ様に伝わらないように、手を離してほしくて、でもやっぱりずっと握っていてほしくて。
雨に濡れて少し寒かったはずなのに、今は灼熱だ。

「そうか。名前、お前を濡らすわけにはいかねェ。送っていこう」
すっ、と持ち上げられた傘は私とカタクリ様の頭上に掲げられた。ほとんど私の真上だから、あまりカタクリ様入っていないけど。

優しすぎる……と漏れた感嘆は、あまりの感動で口元を抑えた手と、雨の音に隠された。



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