少女、新妻になる
当日は早くから準備するので6時には起きて下さい、って言われてたけど、農作業やっていたし早起きは苦じゃない。
やりたいことがあったので6時より少し早く起き、昨日プリンから貰った服の1つを着て、部屋を出た。
まあ、目的地は隣の部屋なのだけど。
こんな時間に起きてるかな、寝てたら申し訳ないな。もう結婚式の準備行っちゃったかな、って心配がぐるぐるして、一瞬躊躇った。
だけどその迷いを振り切って、ノックをしようと手を握る。
……が、その拳がドアを叩く前に、ドアは開かれた。
開けたのは部屋の主、つまりカタクリさん。
……のは間違いないのだけど、相変わらず目の前はブーツしか見えない。
見上げたらマフラーから少しだけ、顔がのぞいていた。
このサイズ感は慣れたというよりむしろ、安心感すら覚える。
「おはようございます!」
「早いな。どうした」
今日はお互い朝から準備だから、式の時にしか会えないって、カタクリさんに昨日言われていた。それなのに早朝から部屋に来るんだから何かあったのか疑うよね。
「あの、どうしても伝えたいことがあるんです!」
「……入るか?」
「いえ、すぐ終わるんで!」
「そうか」
そう言うと、その場で少ししゃがんでくれた。こうはっきりと顔を見るのも久しぶりだな。
それに、私に合わせてしゃがんでくれた心づかいが嬉しい。優しい人だなって、また実感しちゃった。
「結婚式が終わったら、もっといっぱい、カタクリ様とおはなしがしたいです!」
カタクリ様のこと、知りたいんです。
昨日プリンと話して思った、私の決意。
今すぐ伝えたいって思ったけど、夜はまだやりたいことがあった。だから結局、こんな時間になっちゃった。
反応が気になって、カタクリさんをじっと見つめる。
フッ、と息が溢れたかと思ったら、彼の目尻は優しげに下がっていた。
「俺も、名前のことを知りたい」
その一言で、表情で、心に花が咲き乱れた。
喜びに胸を揺さぶられ、頬が緩んでしょうがない。
「よかった、嬉しいです!」
プリンを私の部屋に呼んでくれたことにもお礼を言って、またあとで!と手を振って部屋を離れた。
満たされた気分で、足取りが軽い。私の部屋の前でウエディングドレスを持って待っててくていたポーン兵さんと一緒に、そのまま準備する部屋へと出発した。
昨日は緊張で全然周り見てなかったけど、落ち着いて見てみるとこの国ってすごい場所だな。
島のお姉ちゃんたちの結婚式に出席したことあったけど、招待客多すぎない?モノが喋ってるのは慣れたけど、お菓子まで歌って踊るってどうなってんの?
おとぎ話のお姫様のような結婚式に、おとぎ話のような世界観。夢にしか思えないとぼんやり考えていたら、視界を遮るように白い手袋をはめた大きな手が差し出された。
その手を取って、一緒に祭壇に上がる。
この祭壇に立つ相手がカタクリさんで良かったって。いつの日かそう思えるといいな。
神父さんは紙を取り出し、誓いの言葉を読み上げる。
「……汝、名前を妻とし、今日よりいかなる時も共にあることを誓いますか」
多分ここの国では聞きなれない始まりで、親族席の方が少し雰囲気が変わっただろう。
これこそ、私が夜にやっていたこと。
私の国での結婚式の誓いの言葉を思い出して、選んで書き写していたのだ。
周りへの愛の宣誓の言葉を新婦が用意すると仲良し夫婦でいられるっていう、ブルーピアでの伝承を思い出して一晩中やっていた。
完成してから少し寝て、カタクリさんと少し話してから、神父さんが控え室に来た直後に直談判して誓いの言葉を変えてもらった。
優しそうな神父さん、とはいえない目をしていて少し話しかけるのを躊躇したけど、差し支えなかったらこの言葉にして下さい、ってなんとか頼めた。
こだわりもないのか、直ぐに了解してくれたのは本当に良かった。徹夜が無意味だったとか嫌になっちゃうからね!
「幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、死がふたりを分かつまで愛し、慈しみ、貞節を守ることをここに誓いますか」
紙から顔を上げた神父さんはやっぱり、慈しみなんて微塵も感じさせずカタクリさんに問いかけた。
「誓おう」
カタクリさんははっきりと、そしてしっかりとした声で約束してくれた。
今度は私の番。
少しカタクリさんの顔を見た後、神父さんに向かって、ゆっくりと頷いた。
「では、誓いのキスを」
視界を覆っていたベールが、カタクリさんの手によって上がる。いよいよ、キスかぁ……ドキドキしながら見つめていると、少し困った目をされた。
「……目を閉じてくれ」
「見てたらダメ、ですか?」
「ああ」
うーん、キスって目を開いてちゃダメもんなのかな?初キスだし、しっかり全部覚えておきたかったのになぁ。
ちょっと残念だけど、目を閉じる。
ふわっと、唇に柔らかいものが触れた。
私とカタクリさんへの祝福の拍手が鳴りやまない。
嬉しさで頬が溶けちゃいそう。だけどそんな顔していいのか分からず、何とか王女らしく微笑んだ顔を保つ。
ふと、隣の彼はどんな顔なのか気になって見上げた。やっぱり、顔はっきり見えないカタクリさん。カタクリさんからも、私の顔はよく見えないだろう。
それでも、隣にいるこの人に言いたい。
「私、カタクリ様の妻として、これから一生懸命頑張ります!」
ぐっ、と胸の前で右手を握る。
海賊の妻になるなんて思わなかったけど、これからお互い知り合っていい家庭になればいいな。
お料理とか、家事も上手くこなして、それから何より。毎日会話はたくさんしよう!
決意を表明したはいいけど少し気恥ずかしくなって手を引っ込めようとした。
そしたら、カタクリさんが少し屈んだ。
「名前の頑張りに応えられるよう、努力しよう」
カタクリさんの左手が、私の右手に添えられた。
しゃがんでくれたこと、手を合わせてくれたこと。その全部が、これからの生活を暗示しているみたいで、心が晴れやかになる。
えへへ、と笑い声が溢れた。