新妻くっきんぐ!

少女、初の船上生活

「持つか?」

歩いて少ししたところで、真上を仰いだ。見上げたところでカタクリさんの顔なんか見えないけど。
私の荷物なんて衣類しかないからさして重くないし、一人で持てるんだよね。大丈夫ですよ、と言おうと口を開くと、ふと、母さんたちからのアドバイスを思い出した。

「人生の荷物は分け合う」。

つまり、夫婦になる以上、荷物運びは一人に負担させちゃダメってことらしい。
逆にいうと、持てたとしても一人で持ち続けるのもダメなんだって。仲良く半分こ。

そっか、カタクリさんも同じ考えなんだ。全く価値観が合わないと思っていただけに、少し安心した。

「じゃあ、お願いします」
自然と口角が上がる。しゃがんだカタクリさんの両手が近づいてくるのは、大きい手が迫ってきてるように感じてちょっと怖いとは思うけど、それ以上に嬉しい。
軽い方のバッグを渡そうと持ち替えると。

身体が横に倒された。



……んん?何が、起こっているんだ?

正面、というより上を見ると、マフラーに少し阻まれてはいるけど、はっきり見えるカタクリさんの顔。
横を見ると、空と海。地面が遠くにしか見えない。
肩と膝裏には、人肌のぬくもり。



……あ。もしかして、持つって、荷物じゃなくて私のことでしたか。



やっぱり価値観全然違うぅ!
高い視点からの移動に心の中で大絶叫していたら、いつのまにか港の反対側の岩場に来ていた。歩幅違うから早かったね!現実逃避せざるを得ないよ!

「ええぇええ……」
だけどそこにある船を見て、私の現実逃避が無意味なことと、価値観の相違どころの話じゃないのを思い知った。

商船だって、海賊船だって見たことあるけど、こんな大きくなかった。美味しそうでもなかった。それに、船が歌ってもいなかった。

なにこれ、私の夢の中?

「どうかしたか」
「い、いえ!外国のお船は不思議ですね!」

海賊にとって船は命。海賊船に可愛いとか、大人の男性が乗るような船じゃないですね、と口にした瞬間、島が地図から消える。

愛想笑いしてお茶を濁す。これも王女の嗜み。
三日前に習ったばかりだから、割と怪しいけど。

「外国というより、ママの船だからな」

そう話すカタクリさんの表情は、心なしか柔らかかった。
カタクリさんにそんな顔させるお母さんか……きっと素敵な人なんだろうけど、なんとなく不安がつきまとう。第二の母さんとして、上手くやっていけるといいんだけど……。





船内に入ってからも持ち運ばれ、ようやく足を付けられたのは大きすぎる部屋でだった。

「これから2週間、万国に着くまではここを使ってくれ」
「うわぁ……」

ドーナツやチョコレート、ビスケット。昔みたことある、というレベルで豪華なお菓子たちをモチーフにした家具のお部屋で、とてもかわいい。

……かわいいけど、それ以上に目を引くのは、不釣り合いなくらい一つだけ大きい椅子。私が普段使うようなサイズの椅子は別にあるし、絶対カタクリさんサイズだよね?なんでここにあるんだろ?

「素敵なお部屋、ありがとうございます」
まあいいや。部屋が広すぎて、巨大イスが邪魔に感じないし。
くるりと振り返り、軽く頭を下げる。

「出航してから6時間は揺れるから、その間は部屋でゆっくりしていろ」
「はい、分かりました」

マフラーをくいっと整えたカタクリさんは、そのままノブに手をかける。大きな扉が開き、出て行くのを貼り付けた愛想笑いで見送る。



パタン、と扉が閉まったのを確認し、ベッドにダイブする。ふわふわしてて、雲の上にいるみたい。

「うっそでしょ、船が喋るなんて!」

足をバタバタさせながら枕に顔を埋める。
王女としてお淑やかにしていないといけないからカタクリさんにこんな姿は晒せないけど、言いたいことが溜まりすぎてしょうがない。

「あらアナタ、こんな服しかないの?」
「こんな服って……これでも一番可愛くて女の子らしいのしか持って来てないんだけど」

枕に伏したままちらりとクローゼットの前に置いただけのバッグを見る。ズボンなんて入れず、スカートやワンピースしか入っていない2つのバッグ。
シワシワになるのも困るし、さてクローゼットにかけとくか、とベッドの上で枕を抱えたまま、クローゼットの方に向かって身体を動かす。

ベッドの端に座ろうとしたところで、一瞬思考が止まる。

このクローゼット、顔が付いてる。

まあデザインだと思えなくもないよね、と納得させようとしたけど、そのクローゼットの口から、もっと可愛い服ないのぉ、と声が出る。そこでようやく気が付いた。

私の服にケチつけてきた声、これだ。



「しゃべったぁあ!?」
「船が喋るのよ、クローゼットが喋っても変じゃないでしょ」

ツン、と口を尖らせて拗ねられた。
船歌ってたから、まあ確かにクローゼットも喋っても変ではない、のか……?
船だけが特別なんだと思ってたけど、万国って服でも何でもしゃべるのかな。そうだとしたら、喋っただけで驚くのは失礼だったのかも。

「驚いちゃってごめんなさい。私、名前です。クローゼットさんは、」
「いいじゃない!」
クローゼットさんの名前は、と聞こうとするよりも早く、クローゼットさんに遮られた。
いいじゃない、って、何が?

「クローゼットさん、だなんて!クローゼットやってて初めて呼ばれたわ!それで呼んでちょうだい!」
「は、はぁ……」
拗ねた顔から一転、ニコニコして喜んでるところを見ると、本当に人みたい。不思議なクローゼットだなあ……
でもこのクローゼットさんと相部屋なら、楽しく過ごせそう。

「あら!名前ちゃん、もう出航したみたいよ〜」

クローゼットさんの声にハッと窓に顔を向けると、丁度、桟橋が窓から流れて行った。かけよって、小さくなっていく故郷を見つめる。
ああ、本当に、ブルーピアから出て行ってるんだ。
これから上手くやっていけるのかな。不安で枕をぎゅうっと抱きしめる。

「もしかして船酔い心配なの?大丈夫よ!この船乗り心地最高なのよ!」
振り向くと、クローゼットさんが自信満々にウインクしてきた。思わず、ぷっ、と笑いが溢れる。

船酔いっていうのは確か、船の揺れで起こるんでしょ?言われるまで動いてるの気がつかないくらいだから、多分大丈夫じゃないのかな?

「船酔いは多分へい、」

言い終わる前に突然、大きく揺れた。



生まれて初めての海の上。今まで陸で暮らしてきた私の、初めての船。そこで、私は戦っていた。

「ぎもぢわるっ……」
「名前ちゃん弱いわね……うぷっ」
「いや、クローゼットさんも酔って……」

何かが出てきそうになり、口を抑えた。
何時間もグラッグラ揺れて、休まる時間がない。どこが乗り心地最高なの。最初揺れなかったのはなんなの。
こんなん勝てる見込みがない。

寝たらマシになるかな、とベッドでうずくまり、目を閉じた。





「平気か?」
「だいぶ、マシです……」
めちゃくちゃに揺られ続け、何時間経ったのか。今は出航したばかりの時みたいに、止まってるのかと思うほど揺れていない。

私はちゃんとベッドに寝かされていて、側にはカタクリさんが座っていた。あの大きい椅子はこういうシーンで使うのね。

それより、今の状況はどうしよう。

船酔いしたとか、海賊にいったら幻滅すること間違いなしだよね!やっぱこいついらね、ってなったら島のみんなはどうなるの……!?

「ブルーピアの海域が荒れている時に通過するのは難しいと分かっていたが、結婚式は延期できない。名前には負担を掛けた、すまん」

誤魔化すか、素直に謝るか。うーん、と悩んでいたところに、カタクリさんが頭を下げてきた。
結婚相手とはいえ、ど貧民で申し訳程度の王女要素の私に、頭を下げるなんて思いもしなかったから、自分の目を疑った。

「ごめんなさい。海賊に嫁ぐ者が、船酔いなんて無様なところをお見せして」

衝撃でポロリとこぼしてしまった本音に、しまった、と思ってももう遅い。
とっさに顔を横にして視界からカタクリさんを消し、心の中で島のみんなに謝る。どうなるか分からないけど、悪い状況になったらごめん。

「気にするな。ほとんどのクルーも酔っている」
だけど、返ってきたのは船酔いを咎める言葉ではなかった。少しだけ体勢を戻すと、さっきと何も変わらずそこにいるカタクリさん。

怒ってはいなさそう。
ひとまず安心して、肩の力が抜けた。

「名前が元気になったら船を案内する。それまでは寝てろ」

何も構えていなかったところに、ふわり、前髪が額をくすぐった。
え?と顔を動かすと、目尻が和らいだカタクリさんと目が合う。

頭を軽く指先で撫でられた、らしい。

いい子いい子、と小さい頃に慰められる時に撫でられてからしばらく、頭なんて他人に触られなかった。

あたたかくて、なんだか、父さんみたい。

「ありがとうございます」
そう思うと、自然と頬が緩んだ。

海賊っていっても、怖いだけじゃないみたい。



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