さようなら、夢見がちさん

闇を食べる太陽

恐怖で何もかも真っ暗に見えた世界で、その髪色は鮮烈に光を差した。



ドアが開かれ、奥にいたのは赤い髪の男。眉間に皺を寄せ、2人を見下ろしてくる。黒のマントが雰囲気に更に棘を生やす。
突き刺さる威圧感に耐え切れず、名前は咄嗟にドアに向けていた視線を地面に落とした。初対面のはずの人なのに、なぜ自分の名前を知っているのか、といった疑問も、恐怖に潰されて口には出せなかった。

「これは、シャンクス様。どうしてこちらに?」

しかし、八十島は彼の圧に潰されることもなく、先ほどまでの豹変さはなりを潜ませ、和やかに笑いかける。
今までの態度を見ていた名前としては、八十島のよく知った声色だとしても、ただただ気持ち悪いだけにしか感じられなかった。両膝の上で服の裾を握りしめ、唇を噛む。

名前にちらりと視線を向けてから、八十島に向き合ったシャンクスは、八十島の席へと足を向けた。

「名前を探していたらここまで来ちまっただけのことだ」

鮮やかな髪をかきあげ、目を細める。その足は八十島の前で静かに止まった。

「で、八十島グループの社長は……名前に何の用だ?」

シャンクスは名前に背を向け、八十島だけを視界に映す。

「私は名前ちゃんのご両親とも昔から親しくしておりまして。今回は名前ちゃんからの要望を受けて、カジノ経営に関して話していたところです」

こんな人だと分かっていたら、相談なんてしなかったのに!と、内心では叫んだ。実際に反抗できないのは、また怒鳴られるのが怖かったから。気がつかないうちに震えていた腕を、自分自身を抱きしめるように抑える。
恐怖で支配された名前には、自分の身を守ることだけしか考えられていなかった。

「へェ、親しく……?付きまとってただけじゃないのか?少なくとも、ラグーンの警護の最高責任者として、俺はお前をそう見てたが」
「はぁ。レッド・フォースホールディングスは何でもやっているんですね」

レッド・フォースホールディングス。
突然出てきた企業名に、俯きながらも、名前は思わず目を見開いた。驚きは八十島への恐怖を少し解放させる。力が抜け軽く丸まった手が、膝の上に落ちた。

レッド・フォースホールディングスは世界四大企業の一つで、多業種で大きなシェアを誇っている。そしてそこのCEO、シャンクスは華やかな赤髪に隻腕という大きな特徴を持っていたことを思い出した。

あの世界的な大企業がラグーンの警護を担っていたなんて、聞いたことなかった。
自分の実家のように感じていた場所が、全然知らないことだらけだ。私の知っていることは、どれだけ僅かだったのだろう?

指が手のひらに食い込む痛みを忘れるくらい、自分の無力さが悔しかった。



「そんな俺から、お前に宣告してやる。ラグーンの経営者に、俺はお前を認めねェ」

名前は先ほどよりも強烈なインパクトを与える発言に、思わず顔を上げた。黒マントの向こうに、八十島さんがわずかに見える。
無表情で、冷めた暗い目は、太陽の色をしたシャンクスさんに向けられていた。

「何を言っているのやら……そんな権限が、たかが警護の役職にあるんですか?」

「ラグーンに関する重要人物は、俺たち"赤髪組"の査定を通過しないと認められない。苗字さんとの契約だが、これは次期経営者を決める時まで有効としていた」

説明をしていたが、シャンクスは八十島ではなく、テーブルの上に置きっぱなしであったラグーンの権利譲渡の契約書を見つめていた。

言葉を切り、再び八十島に視線を戻すと、その紙に右手を伸ばした。

「お前は借金状況と人柄から、全会一致で不可だ」

手に取った紙をグシャッと握り潰す。目を白黒させる2人を気にかけることなく、後ろを見ずに投げられた紙ゴミは、黒色のゴミ箱に吸い込まれた。

「あ、赤髪組……!?」
名前は、契約書を丸めて捨てたシャンクスの奇行に動揺していたが、八十島は違った。
"赤髪組"といえば、裏を、というよりヤクザという単語を知っている者なら誰しも沈黙するワードだ。
その例にもれず、八十島も言葉を失う。

「手土産としてアドバイスするが、あんな警備員、いていないようなもんだぞ?裏に手を出すなら、もっと上手くやれよ」
放心状態の八十島に氷の一言を刺すも、何も反応しない。視線を外し、はぁ、とため息を一つこぼす。

「よし、それじゃあ帰るか、名前!」

ずっと名前の方を向いていた背中が、くるりと回った。先ほどまでの冷たい空気は霧散し、代わりに現れたのは眩しいばかりの笑顔のシャンクス。

「えっ、ええっ……?」
右手で急に持ち上げられ、慌てて首にしがみつく。
支えてくれる腕の安心感も、頬を掠めるさらりとした赤の髪も。初めてなのに、触れている腰から、頬から、全身を暖かさで包み込まれていく。

ああ、それと。
一歩踏み出してから、シャンクスは名前に見えないように抱き直し、八十島に再び仏頂面を向ける。彼の前のテーブルの上に未だ置いてあるのは、"愛人契約書"。

「名前を愛人にしようとした罰は必ず受けてもらう。今日中にな」

ヒッ、と引きつった声を背中で聞きながら、シャンクスは扉を開けた。





部屋を出てからウトウトする。降ろされないのでそのままシャンクスさんに抱かれていたが、どうにも瞼が重い。
「すまん。名前。もっと早く来ていれば……」
「い、え……らいじょ……ぶ……」

呂律が回っていない状態で言えてるか分からないまま、なんとか返事はしようとする。しかし。

「ん?……名前?」

その先の記憶は、残っていなかった。



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