新妻くっきんぐ!

少女、早すぎる旅立ち

結婚を告げられた日から6日経ち、とうとう島を出る前日になってしまった。

母さんや使用人たちから言葉遣いやマナーを教えてもらい、多分いい感じに仕上がった。カタクリさんにもきっと笑われないだろう。



「名前ねぇちゃん、お姫さまのレッスン?はしなくていいの?」
「今日はこの島にいる最後の日だからね、最後くらい小麦ちゃんたちの面倒みたいの!」

そして今日。最後の日はいつも通り、ちっちゃい子たちと一緒に畑をいじることにした。



土の香りを楽しめるのも今日限りかぁ……太陽の暖かさと軽やかな風を感じながら麦踏み。ああ、なんて楽しいんだろう!

ぎゅっぎゅっ、と踏んでいると、使用人さんたち(今は農家のおばちゃんたち)がこっちに寄ってきた。
父さんや母さん、それに使用人さんも、農作業があるから結婚式には出られない。これが最後のお別れになるのかな、とふと思うとしみじみする。

「名前ちゃんの小麦は私たちがしっかりお世話するから、安心して行ってくるんだよ!」

その一言で、喜びが満ち溢れる。
よかった!ベテランたちが面倒見てくれるなら、小麦たちもきっと成長しきってくれる!

「ありがとう!収穫したら手紙で連絡してね!」

ぎゅむっ、と麦を強く踏みつける。
小麦ちゃんたち。はやく大きくならないかなぁ。
はやく大きくなって、みんなの主食になってね!



農作業も終わり、さて家に戻ろう、といつも通り広場を通って帰ろうとしたらら、さっき一緒に畑をやってた子たちとは違う子が2人、こっちに向かって走ってきた。おっと、ぶつかったら土付いちゃうよ。

「名前ちゃんこっち通ったらだめー!」
「パーティーの準備してるから、あっち通って帰って!」

そんな事お構いなしに、私のズボンをぐいぐい押して、きた道に戻そうとしてくる。
パーティー……私が通ったらダメ……って、もしかして、もしかすると送別会してくれるの?って、期待してしまった私は悪くないと思う。

「わかったって!押さないでよ!」
その返事に笑い声が混ざっていたのは、せめてこの2人にバレていないといいな。2人の頭をわしゃわしゃして、いつもより遠回りの道を選んだ。








そしたらまさか、巨人と出会うなんて思わなかった。



今日もいつも通り荒れている海沿いの道を通り、家が見えるところまで来て、一時停止。遠くからでも大きいと分かる人が、入り口の前で立っているのが見えたからだ。

高さは、そう。この島唯一の2階建ての自宅と同じくらい。

こんな大きな人、絶対、島の外から来た人だ。
ここに来たってことは、父さんに用があるんだろうか?取り敢えず、私は家に入って着替えたいから、話しかけるしかないわけで。

すっと一歩踏み出す。

と、同時に彼の頭がぐるっと回ってこっちを見てきた。足を上げたままピタッ、と動きを止める。まだ一歩たりとも進んでないから、発見もなにもないよ!

上げた足を地面に下ろすこともできず、30秒ぐらい経過した。そろそろおろしたい。

ばっちり見られたのは確認したけど、だからといって特に話しかけられもせず。こんな距離じゃ私の声も届くか分からない。

あの人の真下にいって話しかければいいよね。そろそろ片足立ちも限界。
浮いた足を下ろし、その人の元に走り出した。



真下に来るとブーツしか見えないんですが。顔なんてマフラーに阻まれてきちんと見えないし。
素性が分からない相手に話しかけるのは怖いけど、無視するのは心象悪い。

思い切って声をかけてしまおう。

「こんにちは!お外から来られたんですよね?」
「……そうだな」

落ち着いた声色のこの男性に、少し安心する。島を荒らしにきた海賊だったらどうしようか考えてなかったからさ!

少なくとも敵じゃないみたい。頬を緩めて笑いかける。

「初めまして、ようこそブルーピア王国に!私はここの王女の名前です!こんな土だらけの格好でごめんなさい、いま父を呼んできますね、お待ち下さい!」

ささっと脇を通り、素早く家に入る。
危ない人ではなさそうだったけど、こんな大きい人と話すのはちょっと怖いかも。なんかすごい格好だし、私が小さすぎて踏み潰されそう。



「父さん、大きなお客さん来てるよー!」
自室に戻る時に父さんの部屋を通るから、廊下越しに呼びかけて、私は部屋で着替える。
スカート類は荷造りに入れちゃってるから、うん、ズボンでいいかな。

「名前。あれ、カタクリさんじゃん」

着替えを逡巡していると、ドア越しに父さんから一言降って来た。

へぇ、カタクリさん。



……カタクリ、さん?

聞き覚えある気がしてならないけど、それって。

「……それって、私の?」
「うん、将来の旦那さん」





結局、荷造りを一旦解き、ワンピースを着ることにした。農作業のためにズボンばっかりで全然着てなかったから新品同然。

「外に居させてしまいすいません」
「構わん」

そして今。カタクリさんは家の外に、私と父さんは2階のバルコニーからお話しすることになった。
バルコニーからだとカタクリさんのお顔も見えるけど、父さんと同年代とは思えないくらい若々しい。カッコいい、とは思うけど……目から凄い圧を感じる。普通に怖い。

「……カタクリ様、先ほどは失礼致しました。改めまして、苗字・名前。ブルーピア王国第一王女でございます」
頭を下げて、ワンピースの裾をそれっぽく持ち上げる。合ってるよね!?

「それにしても、カタクリさんはどうしてこちらに?明日迎えに来るとは聞いていましたが」

しかし私の挨拶にカタクリさんも父さんも全く触れないで、別の話に移った。
というか、迎えに来るなんて話、今初めて聞いたんですけど。ちゃんと娘に言ってくれよ、父さん。

あと、これいつ頭上げればいいの?
なんでだろう、頭の上の空気圧がすごいかかっている気がする、むしろ頭がどんどん下がってる気がする!



「……今日だと通告してあるはずだが」

ああ、原因はカタクリさんお怒りの圧か!
って納得してる場合じゃない!これ返答に失敗すると島民もろとも沈められる気がする!そんな圧を父さんも感じ取って!最善の返事を選んで……!



「……そうでしたっけ?」



……あ。これアカンやつだ。



「すっ、すみません!父が、ご迷惑を!!本日だったんですね、私は大丈夫です、行きましょう今すぐ行きましょう!!」

愛想笑いを浮かべながら、心で懺悔する。
ごめんね、もしかしたら私のパーティーの準備をしてくれたみんな。私は今旅立つことになりました。

「花嫁は準備もある、終わってねぇなら明日でも……」

その間に島破壊されるやつですよね!?
なんのために私が嫁入りするの、島を守るためでしょう!この人を早く島から出さないと……!

「いえっ、大した荷物じゃないので!今持ってきますね、少々お待ちください!」

これ以上父さんがカタクリさんのことを刺激しないように……!そう願いながら部屋に一目散に戻る。



荷物準備しておいて本当に良かった。

ダッシュで部屋に戻り荷物を引っ掴んで、その勢いのまま玄関のドアを開けた。
「お待たせ致しました!!」
「……それで全部か?」

カタクリさんは私の持っているバッグ2つを訝しげに眺めた。
彼にとってミニマムに見えるだけで、必要量あるはずなんだけどなぁ。母さんにオッケーも貰ってるし。

「はいっ!衣類とウエディングドレス持ってるから十分だと思ったのですが……ほかに必要なものってありますか?」
「いいならいいが……」

妙に煮えきってないみたいだけど、もう準備してる時間もない。

「それでは行きましょうカタクリ様!さようなら父上、母上たちによろしくお伝えください!」

「あ、本当に行くの?名前、手紙出してね」

カタクリさんを先導しようと少し前に立ち、歩きながら父さんを振り返って挨拶をすると、バルコニーからひらひらと手を振ってきた。

父さんはなんでこんなお気楽なんだろう。今さっきまで島滅亡の危機があったよね?私の勘違いじゃないよね?

呆れと同時に、普段通りの父さんにこうして会えるのももうないのかもしれないと思うと、やっぱり寂しさが出てきた。



「最後に!」
バルコニーにいる父さんに叫ぶ。



「私、父さんたちと一緒に過ごせて毎日楽しかったよ!ありがとう!」

今までを思い返すと、自然と口角が上がる。

父さんからの返事は待たず、すぐに踵を返す。



ここからは、全く知らない世界。
息を軽く吐き、家を背に一歩踏み出した。



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