森で山菜や木の実を探していたら、偶然、勘ちゃんとばったり出会った。

「びっ……くりしたー。攻撃するところだったよ」
「勘弁してほしい」
「とか言って、エリコちゃんこそ今、魔法ぶっぱなそうとしてたでしょ」
「あ、バレた?」

結構、突然に遭遇したので、お互いに護身の意識が先走った。顔を確認してすぐ武器をしまい込む。

「食糧探し?」

勘ちゃんは私の背中の大きな籠に目を止めたようだった。軽く頷いて、こちらも勘ちゃんの背中をみる。

「そっちも、かな?」
「うん。このモンスター、イノシシって言うらしいよ」
「え……」

イノシシ。猪だ。紐で脚を括られた状態の身体を勘ちゃんが地面におろす。

……初めて見た。

「……おおきい、ね」
「食べるところは少なそうだけどね。さっきまで庄ちゃんと彦ちゃんと一緒でさ、いろいろ教えてくれて」

多分、猪は、モンスターじゃない。
勘ちゃんはそこまで聞かなかったのか、それとも、この里の人々もそれを知らないのか。……学園長先生の、強い瞳を思い浮かべる。知らないわけが、なかろうなぁ。

「……エリコちゃん?どうかした?」

勘ちゃんが首をかしげて、私の顔を下から覗き込んでくる。慌てて首を振った。

「あぁ、いや、初めて見たから。背中の模様がなんだかかわいいなって」
「……そう?食べるの可哀想?」
「この凶暴な牙を見るとそうでも……」

地面に転がるイノシシの脇に勘ちゃんがしゃがみ込むので、私もそれに倣う。
うーん、話に聞くよりはだいぶ、身体が小さい気はするけど。それでも、見慣れたモンスターよりはかなり大きい。ヒッポグリフほどじゃないけどね、あれは、馬の血も入ってるし。

「あれ、エリコちゃん、もしかして装備新調した?」
「ん?昨日ね。よくわかったねぇ」

勘ちゃんは私の首元を凝視していた。苦笑して、指先でペンダントトップを撫でる。

効果のほどはさだかではないけれど、せっかくいただいたものだから、さっそく身につけているのだ。

「これは貰い物。可愛いでしょう」
「うん、すごい可愛い」
「恋が叶う魔石、らしいよ」

勘ちゃんが目を見開く。

「誰にもらったの?」
「雷蔵」

言えば勘ちゃんは変な顔をした。彼の中に渦巻く感情の内訳が私にはまったくわからなくて、「変な顔」と表現するしかない。

なんだろう……。口元はほころんでいるのに、眉間にシワ、というか。
目元も複雑な感情を示している。怒ってるの?悲しんでるの?喜んでるの?……全然、わからない。
勘ちゃんは感情の動きがとても読みやすい人なので、これは大変に珍しい事態だ。どうしたらいいのかわからなくなる。

「……えっと、勘ちゃん?なにか気に触った?」

とりあえず、伺ってみる。

返ってきたのは大きなため息だった。

「ハァーー……」
「えっ、なに、なんなの」
「……いや、エリコちゃんはその、うん。恋してんの?」
「してないけど……」

してないけど。けど、なんだろう。
続きの言葉が自分でもわからなくて、結局口を閉じる。勘ちゃんは、そんなに気にした風でもなく言葉をつづった。

「じゃ、俺が立候補かな!」
「でた」
「でたってなに!?俺じゃまずい!?なにがまずいのかいい加減に教えてよー!」
「そのチャラさだよー」

気づいた時には勘ちゃんのペースに乗せられて、いつものような軽やかな会話になっていた。ムードメーカーの才能はピカイチだ。その代わり、本人の浮き沈みがかなり激しいので、扱いに注意だけど。

山菜や木の実の籠を背負って立ち上がる。勘ちゃんも立ち上がって、イノシシを背負った。

「勘ちゃん、もう里に戻る?」
「んーん。庄ちゃん達が今、鳥型のモンスターを追ってるから、合流する」
「一緒に行こうかな」

また次にどこかで人に遭遇したら、今度こそ魔法を放ってしまうかもしれない。
短い期間で様々な出来事があった。旅は私を強くしている。動くものみたらとりあえず攻撃魔法がでるくらいには、護身意識は高まった。

人間を攻撃しそうになったら、とめてほしい。勘ちゃんの反射神経を信じて、もう少し一緒に行動することにする。

「結構ね、食堂のおばちゃんも知らない食材が多いんだよ、この島」
「へぇー。エリコちゃんも料理するもんね、詳しいんだ?」
「うん、全部知ってるわけではないけど、人よりは詳しいかも」

勘ちゃんは正面を見据えていた。なにかを警戒しているようでもないけど、なんだろう……?

里の方から鐘の音が聞こえる。学園長先生の友人?の犬?が突いていると聞いたけど……犬にすら仕事をさせる里。ちょっとひいた。というか犬が賢い。

「俺も弓矢やってみようかなぁ、彦四郎がすごいんだよ」
「三郎もすごいよね、弓」
「1回だけ見たけどあれは人外」
「ナナマツ」
「イケドン」
「思い出してしまうからやめよう」

勘ちゃんとボチボチ会話しながら木立を抜ける。

「あ、そういえばあっちの方にさ」

また話題は変わるらしい。勘ちゃんが北を示す。

「ちょっと雰囲気違う木があるよ。ツルツルしてて全然登れないの。そこら一帯全部その木で」
「へぇ。葉っぱは?」
「上の方に茂ってる。すごい細長いのが」

今度行ってみようかなぁ。食べられるものがあるといいけど。