その日も地下のハチさんへ昼食を届けたあとは夕飯の支度まで暇なので、街をぶらついていた。ハチさんは夜も地下へ泊まることが多いので、少し心配だ。

「……エリコちゃん?」
「あれ。……雷蔵だよね?」
「なにしてるの、こんなとこで」
「こっちの台詞」

この島の人達と同じような衣服を身につけた雷蔵は、しかしやはり三郎とはどこか違う。三郎は雷蔵の顔がお気に入りのようで、しょっちゅう変装しているので、最初は身構えてしまうけど。

「僕は塔からの帰り」
「あぁ、お疲れ様です」
「そっちは?今時間あるの?」

塔でまた研究者達に質問攻めされていたのだろうに、雷蔵に疲れた様子はない。

「私は夕飯の仕込みまで時間ある」
「そっか、じゃあデートしよう」

一瞬の間。

「……うん、いいよ」
「やったね」

雷蔵はなんでもないように笑う。デート。デートですか……。










「装備品の買い出しじゃん」
「うん?」

紛らわしいんだよ!

なによ、デートって!

「いや、こっちの話」
「そう?やっぱりこの色まずいかな」
「気にするのは色なんだ……」

雷蔵が両手に持つバングルを見比べる。まぁ、装飾品の色を相談されるとなると、確かにデートっぽいけどね。

「こっちの黄色の方が、値段と品質のバランスはいいと思う」
「そう?でも僕、自分で言うのもなんだけど、疲れにくくなるおまじないってそんなに必要かなぁ」
「まぁ……えーと……どちらかというと、私の方が必要かもね?」
「でも、緑はデザインがなぁ……剣士っぽくない?」

雷蔵は剣士よりはモンク僧みたいだから、確かに違うかもしれない。打撃で戦ってるって意味では戦士だけど。

「僕一応吟遊詩人だからさ……」
「あ、そここだわるんだ」

そういえばそうでしたね……。

確かに雷蔵は迷い始めると長いので、誰かが買い物に付き合ってあげるべきだ。わかる気はする。わかるけども。

「ピアス型もかわいいなぁ、ってこれただのピアスか」

雷蔵はとことん迷わせることにして、私は店内をぶらりと見て回ることにした。
使いすぎて割れた魔石などもないし、東の大陸へついてすぐに買い換えたナイフも今整備へだしている。装備品も割れ、欠けもなく、自分で整備して、まぁまぁ使える状態だ。
だから、買うものはないんだけど。

「雷蔵!みてみて!このペンダントかわいい!」
「うーん……緑か……黄色か……うーん」
「これすごいよ、トップの石こんなに小さいのに魔石なんだって。天使の羽ついてる。かーわいいー」
「うーん……ん?エリコちゃん?」
「あはは、恋が叶うおまじないの石って。そんな魔石本当にあるの?」

明らかに寝る寸前といった顔の雷蔵が私のもとへ寄ってくる。女の子向けのアクセサリーコーナーだ。

「決まったの?雷蔵」
「迷っちゃって……」
「じゃあ、両方買っていいよ。合わなかった方私がもらうから」

おそらく黄色い方を私が貰うことになるだろう。そう予想をつけて、雷蔵の迷いに決着をつける。

「え、でも勿体なくない?」
「私が使うんだから、勿体なくないよ」
「そうかなぁ……」
「すみませーん!あっちのバングル見せていただきたいんですが」

両方買うかどうかで雷蔵がまた迷い始める前に、店員さんを呼んでおく。

あ……。と思ってたら、雷蔵寝ちゃってたよ。











皆で暮らす家に帰ってきて、何気なくお茶をいれる。この里は決して裕福ではないけれど、嗜好品の類は充実している印象。

「はいこれ、この前見つけた木の実で焼いてみたの」
「美味しそう!アップルパイみたい」
「うん、林檎の亜種だと思うよ。味見した感じは林檎だった」

湯呑みをふたつと、今朝出かける前に焼いたお菓子を切り分けて出す。紅茶なら良かったんだけどね……。この島、すべてがオリエンタルだから。

「勘ちゃん達の分は?」
「あるよ、あと、ハチさんには夕飯届ける時に持ってくつもり」
「今夜帰ってくるかなぁ」
「どうだろ……」

買ってきた荷物を横に、まったりとおやつタイム。
穏やかだなぁ。このままずっとここにいるわけにはいかないってわかっていても。

「ハチさん、何してるんだろうね」
「ね。三郎は知ってるみたいだけど」
「でも、三郎と学園長先生しか知らないんでしょ?」
「みたいだね」

そこで言葉は途切れ、二人がお茶を啜る音が同時に流れる。
外の喧騒が少し遠く聞こえる。家の中には信頼出来る人間しかいなくて、なにかに襲われる不安もない。

気が抜けてしまうなぁ。

「あ、そうだ」

世間話のネタが尽きたのか、雷蔵が今日買ってきた荷物をガサゴソと漁った。雑だ……。割れるようなものもないからいいけど、本当にこの人大雑把だな。

「探しもの?」
「うん。実はね、」

お目当てのものを見つけ出したのか、雷蔵が袋から引っ張り出す。小綺麗な細長い箱は、形に覚えがあった。

「贈り物するような女の子、いたの?」
「エリコちゃんくらいかな」

からかえば、雷蔵は穏やかに笑う。……ん!?

「えっ、なに?私!?」
「そう、開けてみて。って言っても、もう中身わかるだろうけど」

湯呑みを避けて、細長い箱がテーブルをスライドしてくる。

よくわからないままに、雷蔵と箱を見比べる。手のひらで指し示されて、仕方なく箱を開いた。
さっきのお店のアクセサリーコーナーで見ていた、おまじないのペンダント。とても小さな石に、細いワイヤーで天使の羽がかたづくられている。とても華奢で繊細なチェーン。

「……かわいい……」
「ほら、エリコちゃんの恋が叶うようにって」
「恋なんか」
「しなよ」

かなり食い気味の返答だった。わけがわからず、ペンダントを手に持ったまま雷蔵の顔を見る。きっと私は、混乱でひどい顔をしているだろう。

「エリコちゃん、今いくつ?」
「正確にはわかんないけど……それなり」
「うん、だから、恋くらいしよう」

雷蔵の言葉がゆっくり脳裏をめぐる。

「えーと……誰に?」
「……三郎とか」
「それだけはないかな?」
「だよね?」

わかってるなら言うなよー。勘ちゃんだったらそこで「俺とか」くらいは言うよ。
いや、雷蔵にそんなチャラさ求めてないけどさぁ。

「本当はね、ずっとここにいてもいいんだよ」

真剣な瞳に、心の奥底がぐらついた。
とっさに、NOの返答はできなかった。できない自分に絶望する。

どこかで私は、安寧を求めているのかもしれない。それはもちろん、本能のようなものだから。