「最初に言っておくけど、私も全然、わかってないんだよ」

一応、前置きはしておく。3人がそれぞれ頷いたのをしっかり確認して、私は口を開いた。

そして、閉じた。

「……え?」

勘ちゃんが胡乱げに私を見る。いや、そんな目をされたって……。

「ごめん、なんか……どこから話したらいいのかわかんなくて」
「なに、それ」
「えっと……本当、どうしたらいいのか」

流されるように生きてきた。
勘ちゃんも雷蔵もハチさんもそうだと思うけど、私の人生にもたくさんの出来事があって、悲しかったり嬉しかったり悔しかったり諦めたり、わけわかんなかったり、頑張ったりしてきた。

「多分……うーんと、立花さん達との関係、とかでいいのかな」

サルートのスラムに流れ着く前は、ずっと山田先生といた。
スラムではずっと一人だった。そこで出来た知り合いはたくさんいるけど、深く関わったのは伊作と、調査委員の人達だけだ。

「私も自分のことはよく知らないんだけど」
「うん、大丈夫、知ってることだけでいいよ」

雷蔵が優しく促してくれる。うん……。

「なんかね、あの人達、調査委員でしょう。サルート王政府の、異変調査委員会」
「そう聞いてるけど」

ハチさんがそこで言葉をきる。言いたいことはわかったので、私は頷いた。

「名前だけだよ。実際には、軍とはまったく別組織の、武力集団って話」
「……だよなぁ、あの感じ」

ハチさんもヒョウゴタウンで苦労しているので、遠い目をする。そうなのだ。調査委員と聞くと文系っぽいけど、本当に名ばかり。

「でも実は、本当に異変の調査もしているの。なんの異変を調査しているのかは誰も知らないけど、もしかしたら、勘ちゃんが知りたいことと本質的には一緒なのかもしれない」

これを言うのは勇気が必要だった。
話そうと決めたことでも、決意が揺らいでしまいそうで、口早に言い切る。

さっき地下で三郎に言われたことが頭から離れない。
私以外誰も知らないこと。私だけが持っている魔法道具。コンパスだけじゃない。
山田先生はそれを見てもなにも言わなかったけど、誰にも渡してはならないと本能で感じて、大事に持っている宝物はいくつかある。

「立花さんは……サルート以外の土地に人間がいるか調べているって言ってた。今となっては嘘だってわかるけど、本当の目的も、そんなに外れていないんじゃないかと思う」

立花さん達の調査対象は多岐にわたる。平和で安全な世界にするために、サルートを壁のない都市にするために。

そんな彼らが、あの頃はしょっちゅう私の生命を確認していた。

「それで……私に、壁の中へ来てほしいって、毎日のように勧誘にきてて」
「壁の中へ?」
「調査に協力してほしいって」

勘ちゃんが眉を寄せる。

「それは、つまり……?」
「うん。私がサルートの生まれじゃないから、外の話を聞かせてくれって言われてたけど」

この星の磁場は狂いすぎている。いくら喜八郎くんが深く掘った穴とはいえ、少し地中に潜っただけで、方角がわからないというのはあまりにおかしい。私が昔聞いた話と違う。

皆知らないのだ。何故か私だけが知っている。私だけが道具を持っている。
三郎の強い視線を感じる。今ここに彼はいないのに、私を焦らせる。

「私、もしかしたら、なにか……」

言いかけて、突然、吐き気がした。

言いたくなかった。認めたくなかった。

胃からこみ上げてくるものを感じて、慌てて後ろを振り向く。こんな無様なところ、みんなに見られたくない。
木の根元に吐いていたら、誰かが背中をさすってくれた。

「いいよ、エリコも知らないんだろ」

肩のあたりから聞こえる声は、ハチさんだ。泣いてしまいそうなのを必死でこらえる。

「ごめん、ごめんなさい、本当に、わからなくて」
「いいんだ、俺もそんなに知りたいわけでもないし、一緒に考えていこう」

とにかく必死で、私を落ち着かせようという意思だけを強く感じた。ハチさん、優しいから。

背中をさすってくれる手が増える。多分、雷蔵だ。

「僕ももう1度、きちんと神話を調べてみるよ。この学園都市には、詳しい人が多そうだからね。ね、エリコちゃん、一緒に調べていこう?知りたいんでしょう?」

手の震えを押し隠して振り返る。雷蔵が少し乱暴に、タオルで口元を拭ってくれた。ありがとう……よかった、これ私のタオルだ……。あとで洗おう……。

黙ったままの勘ちゃんを見上げる。難しい顔をしているのかなと思ったら、予想に反して、なにやらキラキラした……。

えっ……?

なにか……決意したかのような。キラキラした……えーと……キラキラした表情を……して、いる。

「よし、エリコちゃん」

ガッと、両手を掴まれた。タオルごと。は?

「旅の目的は決まったよ」
「は?」

今度は口からでた。は?いや……え?今?なに?今なのそれ??

「エリコちゃんが知りたいこと、ゆっくりでいいから、ぜーんぶ調べよう!そんで、ついでに俺が知りたいことも調べちゃおう。でついでに、世界も救おう!」

えー……。なに言っちゃってんの、この人。

「だな!それしかない」
「そうだね、僕も付き合うよ」

いや、この人達も、なに言ってんの?頭大丈夫?