「それで……脱出劇、とは?」
「あぁ、あれね!三郎と私の予定、狂いまくりよ」

ハチさんの言葉に笑いがこみ上げる。大変だったなぁ。

「上手くいったのは最初だけ。ね、勘ちゃん?」
「そう!最初は上手くいったよね。俺とエリコちゃんと三郎でさ、魔法とか駆使して、なんとかその部屋は出れたんだけど、外につわものがいて。三郎はそこで踏ん張ってくれてさ」

なんだか異様な雰囲気の兵士だった。というか、兵士なのかな……。あの殺気、並の実力ではないはず。片目しか見えないはずなのに、妙な威圧感だった。

「プランAが駄目になってプランBどころか、最終的にはEくらいだったよ」
「それ、計画してたプランはいくつあったの?」
「AとBだけ」

雷蔵の質問に勘ちゃんが答えて、私とふたり笑い転げる。終わってしまえば笑い話だ。
計画通りに進まなさ過ぎて、今から思うと本当に面白い。あの時は必死すぎて、面白がる余裕もなかった。笑えている事実に、平穏に逃げ込んできたって感覚がある。

「まずさぁ、俺は雷蔵を助け出すはずだったの」
「で、私は逃げ道を確保するはずだったの」
「に、エリコちゃんいきなり穴に落ちるんだもん!」

笑い話だ。いやまさか、処刑台の足元に、あんなに突然、あんなに深い穴があるとは思わなくって。

「しかも、雷蔵助けようとしたらうっかり雷蔵もその穴に」
「うっかり!?突き落としたの間違えでしょ」

雷蔵は少々ご立腹の様子。勘ちゃんと私が笑いすぎたかな。すみません……。でも本当、今から思うと面白すぎて……。

あ、そういえば。

「そうじゃん、あのあと勘ちゃんどうなったの?三郎は?」
「それがさ、ナカザイケが来てたんだよ。雷蔵を助けに」

勘ちゃんの言葉に雷蔵が表情を緩める。

「やっぱりあの声。……先輩のあんな大きな声、初めて聞いたと思ったよ」

なんの自慢にもならないけど、調査委員の面々にはかなり知った顔も多い。それでも知らない大声が怒鳴っているなと思ったけど、中在家さんだったのか。

「すっごい大混乱だった!誰と誰が敵で味方なのか、今でも俺には全然わかんないな」
「うーん、でも、中在家さんって王政府と関わりあるし、立花さんの味方なんじゃないの?」

私は首を傾げる。逃げ際の喜八郎くんの言葉も気にかかった。誰と誰が敵で味方なのか。

私と雷蔵と勘ちゃん、3人それぞれが見聞きしたことと、それぞれの考えた人間関係を口にする。む、難しいぞ……。

「……とにかく、その場では、中在家さんは雷蔵の味方だった、ってことか」

それは、わかる気がする。サルートのスラムでは、二人は先輩後輩と呼びあっていた。きり丸くんもだ。
仲がいいのは当然だし、きっとそれ以上の関係だろう。

「あと、僕が聞いた感じ、七松さんも中在家先輩と仲がいい……っぽい」

雷蔵が迷いながら口にする。この人をあんまり迷わせるとあとが面倒なので、早めに収集つけないと……。

「ていうか、七松さんと立花さんって、どうなの?ていうか、ていうか、七松さんって、なんなの?人間?」
「人外。とりあえずあの人は置いとこう」

勘ちゃんと雷蔵とハチさんが同時に、両手で物を横へ置いておく仕草をする。仲いいな!!息合いすぎ!!

「わかったわかった置いとこう。……喜八郎くんは……元々不思議ちゃんっぽいからなぁ……」
「穴を掘ってた子だよね?」

雷蔵に頷く。うーん……。

「エリコちゃん、その子のこと知ってたの?」
「なんとなく、ね。立花さんだけだと思う、喜八郎くんが言うこと聞くの。とにかく自由人っていうか」
「それは……」

また、勘ちゃんとハチさんの両手が動く。はいはい、喜八郎くんのこともちょっと置いといて。

「問題はその立花さんか。三郎に聞いた話だと、王政府の第二王子?と仲いいらしい?んだけど」

あれ、違ったか?薬室長?の方か。
腕を組んでよーく考える。思い出しながら言葉を続けた。

確か、三郎の話だと。
第一王子が床に伏せって、オロゴスタに島流し状態の第二王子の方が今や発言権があって。
調査委員はオロゴスタでは疎まれているので、薬室長の手引きでオロゴスタに出入りしていて。
それで……なんだったっけかな。短時間でいろんな出来事がありすぎて、もうよくわかんない。聞いただけの話なんて、うまく思い出せないよ。

「あぁ……勘ちゃんと雷蔵、どこに捕まってたの?あの、扉のない部屋に入る前、どこにいたの」

そうだ、確か三郎は、「ふたりは第二王子の居室にいる」と言っていたんだ。
てっきり薬室の方かと思ったが、なんて零していた。

調査委員はオロゴスタでは疎まれているという話と、オロゴスタでトップに立っているのは第二王子だという話、それから、調査委員が捕まえた二人を第二王子が管理していたという情報。

なんだか、食い違ってる……よね。

「うーん、俺と雷蔵は最初、同じ部屋にいたんだよ。雷蔵が連れていかれる時に、抵抗して暴れてたら殴られて、気がついたらエリコちゃんたちが来たあの部屋に」
「そう。勘ちゃんすごく暴れたから」

雷蔵も穏やかに補足する。おぉ……それは……見たかったような、見ずに済んで良かったような。

勘ちゃんも雷蔵も、強いからなぁ……。

「でも、どんな部屋かと聞かれても……城の中のどの辺なのかも全然わかんないし」
「そっか……だよねぇ」

考えてみればそれもそうだ。どこに捕まってたの、なんて聞くだけ無駄かもしれない。知るわけないよね。
だとすると、やっぱり三郎が持ってきた話を信頼するしかないのかな?

「うーんでも、なんかおかしい気がする」
「うん。黙って聞いてたけど……それ、王政府の情勢と、調査委員の立ち位置も曖昧だし、勢力がいくつあるのかすらわかりにくいな」

ハチさんも頷く。そうなんだよね。

「政情としては、第一王子派と第二王子派?」
「と、調査委員もよくわかんないよね。サルートが本拠地のはずだから、第一王子派ってことなんだろうけど」
「独自派閥?立花さんらしいな」
「ていうかなんのためにふたりを捕まえたんだろう?第二王子の命令なのかな」
「いや、捕まえたかったのはエリコなんだろ?聞いた感じだと」

ハチさんの言葉を最後に、3人の視線が私に向く。

だよね、そうなるよね、最終的にはね……。私はハンズアップした。

「わかったよ……話すよ」