七松さんがハチさんを海に突き落としたのではないかという話をしたら、ハチさんは難しい顔をした。
「いや、それはないはずだ」 「どうして?」
勘ちゃんが素早く切り返す。だって、森の中で七松さんを問い詰めた時、七松さんはそれを認めていた。それが全てなんじゃないの?
「あまりはっきりとした記憶じゃないから、信用しないでほしいんだけど」
ハチさんは、慎重に言葉を選んだ。足を止めて、木の幹に背を預ける。私も手近なところにあった切り株に腰をかけた。だいぶ前に斬られたらしく、乾いていて、高さも丁度いい。
「七松さんは、俺を助けようとしていたように、思う」 「そんなわけなくない?」
相変わらず勘ちゃんの切り返しは素早く、そしてちょっと、不服そうな雰囲気が隠しきれていなかった。気持ちはわかるけど……。
「あのね、ハチさん。勘ちゃんが七松さんに直接聞いたの。そしたら七松さん、認めたんだよ」
勘ちゃんが拗ねたような顔をするので、私が言う。雷蔵はぼんやりと、空を見上げるだけだ。
「……そうなのか」
ハチさんは驚いたようにそう言ったきり、黙り込んだ。
ちらりと横を見れば、子供っぽく、どんどん変化していく表情がほら。
「……嘘、だったのかなぁ。でもさぁ、七松さん、立花さんに俺ら売ったし」
不安げに意見が揺れる。うーん……。勘ちゃん、本当に気づいていないのかな。
私が今まで一緒に過ごしてきた中で、勘ちゃんに嘘をつけた人なんてひとりもいないはずなのに。
「まぁ、俺の話はよくわからないままだし、ひとまず置いておこう。そっちの話が聞きたい。七松さんと立花さんについて、詳しく教えてくれ」
ハチさんが気を使って、私に話を振る。空を見上げていた雷蔵も、私に目線を戻した。勘ちゃんは俯いてしまったけど……え、私から話すの?さっきの続きからでいい?
「えっと……伊作、っていう薬室の医術師と、あとその護衛と、朝までいて。それでふたりを眠らせて……オロゴスタに忍び込んだら、三郎に会いました」 「全然わからない」 「全然わからない」
ハチさんの返答に、テンポよく雷蔵もノッてくる。ちょっと半笑いで言うのやめて。面白くて私も笑っちゃうから。
「私の方はそんな大冒険でもなかったから、さらっと流してよー」 「いや、無理だよ」
雷蔵が半笑いで促してくる。えぇー。
「だからぁ……。伊作たちを眠らせて、ひとりでオロゴスタに向かったの」
そういえばあの時、森の中を半日ひとりで歩いていても、1度もモンスターに遭遇しなかった。 なにかの罠かと身構えていたけど、私はその直後に、三郎と一緒にオロゴスタの大門をくぐっている。 私を監視対象と言っているわけだし……三郎はどうやら、私に死なれると困るみたいだし。
今から思うと、あの時は三郎が助けてくれていたのかもしれない。 私に見つからないように、必死に先回りしてモンスターを倒していたのか……?ご苦労様です。ちょっと面白い。もっと苦労してくれ。
「それで……色々あって……きり丸くんの馴染みの子達にもたくさん、助けてもらって、それで、三郎と二人で、勘ちゃんと雷蔵を助けに行きました」
私の話は以上だ。このあとはもう合流してるからね。
これ以上話す気はないという意思を示すために、雷蔵と勘ちゃんに両手を向ける。 勘ちゃんが顔を上げて、雷蔵と目を合わせた。どちらが話すか、決めかねる顔。
「僕は……じゃあ」
木の根にあぐらで座り込んだ雷蔵が琵琶を構える。
「効果音の役でもやるね」
いや、琵琶でだせる効果音って、なに?
目を覚ましたら、知らない部屋にいた。 唯一の出入口であるところの扉にドアノブはなく、押しても蹴っても殴ってもびくともしない。
「どこかにスイッチがあるのかなぁ」 「窓みたいに?あれ魔法だよね」
はめ殺しの窓は、触ろうとしても空気に手のひらが押し返された。雷蔵を見やる。
「雷蔵、魔石持ってる?」 「吟遊詩人がそんなもの持ってると思う?」
肩をすくめることで返答にかえる。 エリコちゃんが選んでくれた俺の魔石も、武器や荷物と一緒に取り上げられたみたいだった。というか、魔石は全部装備品にはめ込んでたから、まぁ、そりゃ、取り上げられるよなぁ。 魔石穴のない装飾品は残っていた。母親の形見のピアスもおまじないの1種だとばあやに聞かされているけど、使い方は知らない。おそらく、魔石ってことだと今ならわかるんだけどな。
「……エリコちゃん、どうなったかな」
おそらく扉は、外からしか開かないだろう。諦めて床に座り込む。質のいいカーペットは触り心地が良い。 家具の類がひとつもない部屋は殺風景だし、窓がはめ殺しな上に魔法がかかっているのも気にかかるところだけど。部屋そのものは、居心地が良かった。なんのための部屋なんだろう……。
「……来ないといいね」 「うん。……立花さん、なんか、変だった」
ぽつりぽつりと、床に落とすように会話する。
「雷蔵、立花さんと会ったことあるの?スラムで」 「うーん、僕はない。中在家さんはあるはずだけど」 「そっか、ヒッポタウン着く前のあれが初対面か」 「そうそう」
聞いた話だけど、と雷蔵の話は続いた。
「あの時は気づかなかったけど、中在家先輩の古い馴染みって立花さんだと思うんだ」 「エリコちゃんもそんなこと言ってたような気がするなぁ」 「うん。それで、先輩からちょくちょく聞いてたんだけど……立花さん、あんまり焦ったりしない人のはずなんだ」
森の中でエリコちゃんが突然いなくなって、調査委員に囲まれて、何故か七松さんは立花さんの側に立っていて。 思い出す。確かに立花さんは苛立った様子で、エリコちゃんを探すように周囲に指示していた。
「俺たちをエリコちゃんをおびき寄せる餌にする、みたいなこと言ってたよね」 「言ってた。だから……逃げないと」
そうだ。エリコちゃんが今どこで何をしているかまったくわかんないけど、立花さんに捕まったらまずいのであろうことはわかる。 サルートを出た時にも、立花さんは意味ありげに彼女を見ていた。エリコちゃんがなにも言わないから、俺もなにも聞いてないけど、多分雷蔵も気づいている。
あの子には、なにかがある。
「エリコちゃんいい子だからなぁ……」 「ね!そうなんだよね、来ちゃいそう」
ため息が雷蔵とかぶる。どう考えても、助けに来る。 エリコちゃんはいたって普通の女の子だ。スラム出身だと言っていたけど、それは絶対に嘘。 あんなに優しくて、ノリが良くて、気も良くて、会ったばかりの俺や雷蔵にすぐ懐いてしまった。 旅慣れない様子だったのに、引きつった表情で、野宿に文句も言わなかった。偉い子だと思う。俺は元々、冒険に憧れがあったから、楽しんじゃってたわけだけど。
「エリコちゃんが来る前に、逃げなきゃねぇ」
どうにもこうにも、逃げる手段は思いつかないわけだけど。
その後扉があいて、「エリコがオロゴスタに侵入した」と、絶望的な知らせを受けることを、俺たちは半ば予想もしていた。だからこそ、必死だったのだ。
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