「ジョークにしては、悪趣味すぎる」

自分でも驚くほど、低い声だった。

三郎は知らないのだ。私と彼がどんな環境を生き抜いてきたのか。
三郎は知らないのだ。私と彼がどんな思いを通わせたのか。

知るわけがないのだ。私にとって山田先生が、どんなに大切な思い出なのか。

知らないから、こんな趣味の悪いジョークが言える。

「……まぁいい、今も里をあけてらっしゃるから会えないしな」

三郎がふいと視線をそらす。
なにを考えているのかわかりづらいその顔に苛立って、私も目をよそへ向けた。腹が立つ。

腹が立つ。

「……ここは空気も籠る。皆で上へ行かないか?」
「そ、うだね。そうしようか」

ハチさんの言葉に、雷蔵がつっかえつつ同意した。
三郎も立ち上がって、私に手を伸ばす。

「もー、ほら、上に行くよ」

俯いていたら、視界に手が増えた。
三郎を見ないように、勘ちゃんの手を取って立ち上がる。ため息が聞こえた。

ハチさんと雷蔵は外へ向かっている。勘ちゃんが私の手を引っ張ってそれに続く。

「勘ちゃん、手あったかいね」
「え、そうかな?普通だと思うけどなー」

土を掘り出したままのゴツゴツとした階段をのぼる。
これからどうしよう。そろそろ真面目に考えなくてはならない。

三郎は部屋の照明やなんかの後始末をしてから登ってくるようだった。

あぁ、これからどうしよう。









「ここまでずっと移動しっぱなしだろう。しばらく休んだらどうだ」

三郎のそんな一言で、その日は解散となった。

旅の目的がしっかりあるわけでもない。勘ちゃんの「広い世界を見てみたい」に引きずられ、流されるようにしてここにたどり着いたメンバーだ。
自分が元いた場所に戻りたい人もいるだろう。雷蔵とかハチさんとか。

私は……どうしたいんだろう。

私はやることがある、私抜きで島をまわってこい、と言い残して去っていった三郎の背中をなんとなく目で追う。……複雑な気持ちだ。
悪い人間でないことはなんとなく、わかる。そこら辺は自分の直感を信じたい。でも、七松さんの例もあるし……。

そうだ、七松さんの例!

「ハチさん!」

私はぐるんと振り返った。勢いに引き気味のハチさんの肩を掴む。

「とにかく無事で良かったんですけど、確かめたいことが!」

言った瞬間に、背後から肩を掴まれて引き戻された。雷蔵だ。い、痛いっす……。この剛腕め……手加減なしか。

「三郎に言われたように、島を歩いてみない?」
「うーん、街にいたら人の目もあるしね」

勘ちゃんも同意する。そうか、島を。
海からは島全体が小高い丘のように見えていて、しかしそのてっぺんは存在せず、中心部はクレーターの街がある。その外側、海に面した森の中を散歩するのもいいかもしれない。

「皆、聞きたいことはたくさん、たくさんあるはずだ」

勘ちゃんが俯いて言う。そこでハッとした。

もしかして、私も尋問される流れ……!?

「ま、まぁ……えぇっと……オロゴスタ脱出する時、というか、立花さん達に捕まった時から、別行動だったしね」

別行動というか、生き別れに近い形ではあったけど。
ザクザクと赤土を踏みながら話す。街の人々は、あからさまにこちらを観察することはないまでも、チラチラとよそ者を伺っているようだった。
悪い感じではない、けど……。好奇心からだとは思う、けど。少し緊張する。

「そうだよ、そもそも、あの時エリコちゃんどこに消えたの?」
「うーん、説明しづらいなぁ。木の上から、知人に攫われたというか」
「知人?」

ヨシノリのことをなんといったものか。本名は、イサクだったっけ……?トメさんとやらのこともよく知らないままだし。

「スラムで暮らしてた時に、王政府の関係者がよくお忍びで私の店に来ててね。っていう出自を知ったのも一昨日なんだけど」

少し事実を湾曲して伝える。首を傾げるハチさんに、「エリコちゃんは飲食店をやってたんだよ」と雷蔵が補足してくれた。

「へぇ。誰?」

勘ちゃんはラフな雰囲気で聞いてきた。あんまり怪しまれてはいないみたい。

「薬室所属の医術師って言ってた。スラムで会ってた頃は全然、そんなの知らなかったけど」
「医術師!?本当に?あの状況で?」
「あ、私を攫ったのは、多分伊作の護衛の人の方だと思う。二人だったの。すごく腕が立ちそうな人」
「マジか……敵に回したくないなぁ」

勘ちゃんや雷蔵がのんびり言う。
ハチさんは話についていけないようで、首をかしげながら後ろからついてきていた。……あ、そうか!ハチさんいなかったわ!

「あ、私たち、七松さんに騙されてて、捕まったんですよー」
「お、おぉ……おぉ!?」
「七松さん、立花さんとつるんでたみたいで。私は間一髪、その知人が先に私を攫ってくれたので無事だったんですけど、この二人は調査委員に捕まっちゃって」

事情を飲み込んだハチさんが目を白黒させる。

丁度、すり鉢状の街をのぼりきって、森の入口に立ち止まる。

「簡単に言うとそんなとこです。ハチさんの方の話も聞かせてください」
「俺は……落ちて、気を失って、目が覚めたらここにいた」

それは、知ってる……。