「強い役割を負わされた人間が、6人おる」
この人が、塔に登るのは何年ぶりだろう。
学園長先生が夜空を見上げて静かに言う。6人。
「ひとりは女、残るは男じゃな」 「それでは、まるで」
伝説の、星の姫と、姫を守る言霊使いだ。
「……そうじゃの。三郎、お主も知っておるじゃろう。50年前の戦は、モンスターの襲来により突然終わった。大陸には今も、モンスターがうようよしておる」
だいたい、言霊使いってなんだよ。言霊の定義も不明だ。 そこら辺は、伝承を研究している連中が考えてくれているわけだが。
「もしかすると、この星が、今の事態を憂いているのやもしれぬな」
だから、伝説が再び動き出したってのか。
学園長はさらに続ける。
「三郎、お主にこれより無期限の任務を言い渡そう」 「は」 「あの星が示す者について、何人か、儂には目星がついている。それを、お主が見張るのじゃ」
私は頭を下げた。
「……見張る、とは」 「いや、いや、見届ける、が正しい表現かもしれん。三郎、お主が導いてやるのじゃ」
導く。 私が。
「拝命しました」
私はこの島で生まれ、この島で育った。私の行動が学園都市のためになるのなら、やらない道はない。
「ま、そんなわけで私はこの島を出たってわけだな」
三郎が軽く締めくくって、水を飲む。 地下の暖かい部屋に、沈黙が落ちた。
聞いた話がうまく飲み込めない。整理が追いつかない。
だって、ずっと、ただの伝説だと思ってて、
「だって、」
ハッとして、自分のナップザックを手繰り寄せる。 雷蔵が、私の手元を凝視していた。
「……僕が知っている伝承はいくつか種類があるんだけど、どれも途中で、旅の一行は何度も道に迷う。それを導く術が、……方角を正しく知る術が、姫にはあったんだ」
伝説だと思ってたよ、と雷蔵が震える声で言う。 ハチさんが難しい顔で、私のナップザックを指さした。
「エリコ、あのコンパスってのはどこで手に入れたんだ?」
まさか、伝説と、私の持ち物がリンクするなんて。 ナップザックからゆっくりと、大切な宝物のひとつであるそれを取り出す。
「言ったでしょう。私を育ててくれた人の、形見みたいなものだって」
ヒッポタウンを出た直後、沼地でそう言ったはずだ。 三郎が口を開く。
「お前、誰に育てられた?……それは、正しくいえば、母親の形見なんじゃないのか」
私は強く首を振る。そんなわけない。
「だって、男の人、だよ。私を育ててくれたの」 「名前は」
言いたくない。大事なことだ。私にとって、心の奥底にしまいこんでおきたいような、大切な過去。 あの人に守られ育てられた、か弱い私はもういない。もう、あの私はいないのだ。
もう何年も、忘れ去っていた。忘れたと思い込んで、生きていた。
目をつむって、息を吸い込む。深く吐いた。
「エリコちゃん」
誰の声か、考えるまでもない。勘ちゃんの声が、不思議な温度で私に触れる。 私の唇から、その名前は勝手にこぼれ落ちた。
「山田、伝蔵。もういないけど……素敵な人だよ」
1度も、父と呼んだことはなかった。でも、私を育ててくれたのは彼だけだ。 目を開く。視界の中で、やたらと三郎の表情が目を引いた。
「……なに、三郎」 「そういう、ことかよ」
苦虫をかみ潰した、という表現が1番的確だろうか。
「どういうこと?三郎」
雷蔵が乱暴に三郎の肩をつかむ。多分、本人に乱暴の自覚はないんだろうけど。
「ともかく、学園長先生は伝説と同じことがこれから起こると思っていて、星の姫にあたるのが、エリコだと判断したってことだな?」
ハチさんが噛み締めるように言う。ともかくもなにも、そういうことだ。
私はため息をついて俯いた。 先生の言葉が浮かんでくる。本当にたくさんのことを教えてくれた。ヨシノリ、……伊作よりも、勘ちゃん達よりも、私の人生において大きな存在感をもつ人だ。
「学園長先生は、天体が動くより何年も前から、いずれこうなるとわかっていたんだ。クソッ」
三郎が髪をくしゃりとかきあげて悪態をつく。
「だから、どういうことなの、三郎」 「それこそ、私が生まれるよりも前からわかっていたのかもしれない。……やってられんな」 「三郎」
ひとりブツブツと悪態を続ける三郎の腕を、立ち上がった勘ちゃんがつかむ。
「話してくれなきゃわからないよ、三郎」
勘ちゃんが静かに言う。三郎は勘ちゃんの目を見上げて、薄いため息をついた。
「エリコ、喜べ。山田先生なら、死んじゃいない」
言われたことが一瞬、よくわからなかった。
「……は?なに言ってるの三郎、あなた山田先生のこと、」 「知ってるさ。この里の人だ。私も教えていただいたことがある」
頭を、鈍器で殴られたような心地がした。
なんだって?
「土井先生と同じように、常に任務で外に出られている人だ。学園長先生は、エリコを育てろと、山田先生に命じていたんだろう」
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