「わーかったよ、説明する」
三郎は木製の椅子の上で、諦めたようにハンズアップした。
「元からそのつもりだったでしょ」
雷蔵が素早く突っ込む。まぁ、こちらとしても限界ではあった。
「どこから話せばいいのか……八左ヱ門は飯食っとけよ」 「おー」
ハチさんは素直に食事に手をつけた。……彼は何か知っているのかしら。
「八左ヱ門には話したことから始めよう。私が月読なのは知っているな」 「まぁ、うん」
勘ちゃんが半笑いで返す。三郎は苛立ったように息をついた。
「ここでは、私の月読としての技術は確かなものとしておいてくれよ。でなきゃ話が進まない」
これでも、長年修行させられてるんだ。 複雑な色の乗ったその言葉とともに、その話は始まった。
今からちょうど、一年程前のことだ。
その夜はいつものように、星読たちと一緒に塔に登って月の動きを見ていた。 その夜の空に特別目立った動きもないように思えたので、気まぐれに、幼い見習い達に星の読み方を教えていた時だった。
「しかし、三郎先輩」 「なんだい、庄左ヱ門」 「あの妙な光はなんでしょう。僕達、まだ習っていません」
一等幼い見習い2人の片方、庄左ヱ門が天を指さす。
「あの小さい星か?……あの色はなにを示す色だったか、もう教わったはずだろう?」 「黄色がかっているので、近い未来ですか?」
庄左ヱ門の横で、彦四郎が元気よく言う。しかし庄左ヱ門は腑に落ちない表情のまま、小さく首を横に振った。
「その隣です。3日ほど前から気になっていたんです。僕らがいただいた天体表には載っていませんでした」 「隣?」
言われて天を振り返る。
「……庄左ヱ門は目がいいな」
確かに、よく見ればふたつの光が重なっているようにも見えた。
「もしかしたら、世紀の大発見かもしれないぞ」 「三郎先輩でも知らないのですか?」 「いや、私が忘れてしまっただけかもしれないなぁ」 「そんな!三郎先輩が空のことを忘れるなんて!」 「彦四郎は私を買い被りすぎだ」
まぁ、二人とも可愛い後輩ではあるが。
この星を、注意深く見守ろう。 私の記憶違いではない。もう何年も前からこの空を眺めてきた。あそこに光は、ひとつしかなかったはずだ。
ひと月後、その光は明らかに移動して、ふたつの別の星として存在を主張していた。
「月の後を追うように、少しずつ移動しています」
うっすらと太陽が顔を見せる時間帯、外がだんだん賑やかになってくる夜と朝の合間、庵で報告する。 学園長先生は、ふと顔を伏せた。
「なにを示す光か、わかるかの」
言いたくなかった。 しかし、学園長先生に報告すれば、こう聞かれることはわかっていた。もちろん答えも準備してある。
私は目を伏せて、ゆっくりと声を絞り出した。
「……同じ現象が、また起これば、の話ですが」
そもそも、私達が住んでいる星が自転する関係で、天そのものがゆっくりと回転しているように見えるのだ。
「仮定でよい。話せ」
言いたくないが、私が月読、星読としてこの島で生活してきて、これは初めての現象だ。ほかの老いた星読達に問い合せても、全員難しい表情をしていた。
「伝承の解釈を、見直す必要があるでしょう。強すぎる運命を持つ人間が、動き出しています」 「……運命、か」
学園長先生がため息をついて、お茶をすする。 私は黙って俯いた。 本業が月読なので、月は毎晩眺めている。
赤い月と青い月の伝説を、この島に住むすべての人間は生まれた時から聞かされて育つ。 しかし私は信じていなかった。あまりにも、非科学的だからだ。 魔石の力はある程度信頼している。それを扱う力の流れは説明ができるからだ。 しかし、いかに星に愛された姫とはいえ、太陽を砕くほどのエネルギーが生み出せる、あるいは、呼び出せるはずがない。 しかも、砕かれた太陽の欠片が天を移動して夜に?青い月からこの大地を守る存在になった? 天体が空を移動するという話がそもそも信じ難い。
しかし今、その不思議な現象が起きてしまっている。 庄左ヱ門が発見した光は、明らかに空を移動していた。
「大陸の方で何か動きがあるじゃろうな」 「……どちらの?」 「両方じゃ。土井先生に遣いをだす準備をしてくれ。警告する必要がある」 「はい」
土井先生は世界中を移動している。捕まえるのは難しいかもしれないが、数年はサルートのスラムに落ち着くつもりだと、昨年あたりに連絡があったはずだ。庄左ヱ門に任せよう。 土井先生の任務は、常に島から離れた場所で生活することだ。 いついかなる時でも学園都市のために動けるように。学園都市に情報をもたらし、有事の際には学園をサポートする動きをとれるよう、独自のネットワークを作ってもらっている。
「移動している星の他にも、少し、……動きがおかしい部分が何点か」 「王政府の人間達じゃろうて」 「おっしゃる通りです」 「そちらもよくよく、見ておくが良い」
この島から南西の方角へ海を越えて大陸に渡ると、巨大な城壁跡がある。 そこへサルート王政府の人間が入り込んで、新しい都市を作っていると、何年も前に土井先生から報告が来ていた。 そこが完成したのが去年だ。大きな役目を負った人間達の運命が、やたらと動いているのも、そういうことなのかもしれない。
それから半年後、空はさらに異様な動きを見せていた。
「庄左ヱ門がいなくてさみしいか、彦四郎」 「……いえ、あんな奴、別にいなくたって」
強がっているのは言葉だけだ。しょんぼりと落ちた肩も、寂しげな表情も、明らかに庄左ヱ門を恋しがっている。 2人とも勤勉で素晴らしい後輩だ。彦四郎は学問への好奇心が強く、庄左ヱ門は頼まれたことへの責任感が強い。だから土井先生への遣いに庄左ヱ門を選んだが、生まれた時からずっと一緒に過ごした関係では、残された彦四郎は寂しいだろう。
「私の時は、歳の近い子供がいなかったからな。お前達が羨ましいよ」
彦四郎の頭を撫でる。彼はもうなにも言わなかった。
「明日の夕方、弓の稽古をつけてやろうか」 「……本当ですか?」
彦四郎が嬉しそうに顔を上げる。あぁ、本当だとも。弓の腕をあげて、帰ってきた庄左ヱ門を驚かせてやろう。
しかし、と空を見上げる。月の動きもまた、異様な様相だった。赤い月と青い月の時間が、今までの記録からどんどんズレていくのだ。
未来も過去も現在も、まったく読めなくなっている。長年塔に登って空を見つめてきた先輩達も、記録するだけで精一杯だ。
「なにか、大きなことがこれから起こるなぁ」
庄左ヱ門が無事だといいが、とは、さすがに彦四郎の前で口には出せなかった。
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