「ハ、チ、さ……」

震える唇で、音にできたのはそこまでだった。
壁に押し付けられた三郎を蹴るように、身体が飛び出す。

雷蔵を巻き添えにするように飛びつけば、その身体は温かかった。

「嘘だろ、エリコか!?雷蔵も!」
「俺もいるよー!」

ドスンと背中に衝撃。勘ちゃんだ。ハチさんがウッと苦しげにうめく。雷蔵は私と勘ちゃんの重みに耐えきれなかったらしく、身体を引き抜いて立ち上がった。

「おほー!こんなところで会えるとはな」
「こ、こっちの台詞だよ!」

まさか、生きていたなんて。

生きていてくれたなんて。

ハチさんの胸元に押し付けていた顔を上げる。床に倒れ込んだまま、彼もこちらを見ていた。

ほろりと、涙がこぼれた。

「う、う、」
「え!?」

ハチさんがギョッとする。その顔をガン見したまま、私は口を開いた。

「うわあぁぁーーーー!!生きてて、くれて、ありがとうううう」

涙が、ぼろんぼろん、あとからあとからでてくる。それに逆らわず私は大声をあげた。
その声に、もうひとつ重なる。勘ちゃんだ。勘ちゃんも派手に泣き出した。

「ええぇぇぇ……えぇっと、お前らも、無事で何より……おい待て三郎!何笑ってんだ!助けてくれよ!」
「私は八左ヱ門の飯を持つので両手が塞がっていてな」
「おもっ、重いんだよこの2人!」
「うーん、エリコちゃんに重いは禁句なんじゃないかな」

雷蔵が穏やかに笑いながら私の上の勘ちゃんを床に転がり落とし、私を引き上げてくれる。そのまま雷蔵の胸に抱き寄せられた。

「よしよし、エリコちゃん、よかったねぇ」

雷蔵にポンポンと頭を撫でられる。その胸にしがみついて私はおいおい泣いた。

「……なんでそこで雷蔵がいいとこ持ってくんだ……」
「ほら八左ヱ門、飯だ。朝から食ってないんだろう」
「おう……」













しばらくして泣き止んだ私は、べそべそと目元を擦りながらあたりを見渡した。

地下の小部屋は、いかにも地下らしい見た目をしているが、ある程度快適そうだった。
白っぽい天井にはたくさんの魔法照明がついていて、床は細い木の板が少しの隙間を置いて整然と並べられている。……スノコか?
壁も天井と同じく、平らな面が白っぽい塗料で塗られている。触るとぽろぽろとこぼれ落ちたので、むき出しの土を平にならして塗ったようだ。

部屋に入ってすぐに木製のテーブルと椅子があり、奥には寝台と思われるものもあった。
意外に奥行がある。1番奥に、もうひとつ扉があった。

「ここ、水しか出ないんだ、悪いな」

先ほどその扉から出ていったハチさんが、戻ってきて言う。勘ちゃんはまだぐすぐすと鼻を鳴らしながら、大丈夫、というようなことを呟いた。

「奥には井戸が?」
「あぁ、洗濯したりな」

お手洗いもそちらにあるのだろうか。コップに汲まれた水を飲んで、勘ちゃんは落ち着いたようだ。
そのコップをまわされて、私も1口飲む。冷たい水は、号泣して火照った身体に気持ち良い。

「八左ヱ門は、島に流れ着いたのを私が拾ったんだ」

三郎が言う。ハチさんが頷いた。

「三郎にはかなり世話になった。エリコ達のことも探してくれるとは言っていたが……」

ハチさんが三郎を見る。私たちも視線を向ければ、三郎はあらぬ方向を見やった。下手くそな口笛が続く。

「ちょっと、三郎?どういうこと?」
「ハチさんはずっとここにいて、あなたそれ知ってて私たちに接触したの?」

というか、むしろ、

「三郎、私を『監視していた』んじゃなかった?……ハチさんには私を探すって言って、それで、私を、監視?」

そう、三郎は、私が監視対象だと言っていたはずだ。

一気に不信感が募る。

正直この場で誰が信頼できるかなんて、考えるだけ無駄な話ではある。
私と出身が同じだとか、長年ご近所生活をしていただとか、そういう仲の人はいない。
あるいは私が信頼する誰かに紹介されただとか、そういった形で身分を保証された人もいない。

私が信頼すべき人間なんて、最初から仲間の内にひとりもいない。

ある意味では、明らかに貴族のお坊ちゃま然とした勘ちゃんや、サルートのボスだった中在家さんの元にいた雷蔵なんかは、信頼関係は別にするとしても、身分は信頼できるのかもしれない。
ハチさんはヒッポタウンの人々にとても信頼されている様子を見た。だから同じヒッポグリフに乗って私の行く先と命を預けることにそんなに抵抗はなかった。
それに、短い時間でも一緒に過ごしたらすぐにわかる。ハチさんは素朴に明るくていい人で、嘘はつかない。

つまり、だ。

私は数日間行動を共にし、勘ちゃんと雷蔵を一緒に救い出した同士を見る。

最初からどこか気に食わなかった。理由は自分でわかっている。同族嫌悪に近いものだ。
この男、仲間を信頼するような素振りがとても上手だけれど、私達の誰をも、1度も信じていない。

だから私も鉢屋三郎を、信じるべきではない。