ここの人々はどうやら、里全体のことを学園と呼んでいるらしい。なるほど。つまりここは、学園の食堂というわけだ。

「……本当に、美味しかった……」
「だろう。学園自慢のおばちゃんだ」

妙齢の女性をおばちゃんと呼ぶのはいかがなものか。雷蔵と勘ちゃんがいっせいに三郎に非難の目を向ける。
まぁ……三郎だから。

しかし当のおばちゃんの方は、おばちゃんと呼ばれることに慣れているらしい。

「やだね三郎くん、またそんなこと言ってくれちゃって」

満更でもなさそうな顔で私たちにお茶をだしてくれる。バシンと背中を叩かれた三郎は痛そうだ。
暖かくて、包容力のある女性。涙がでそうになるほど、その食事は美味しかった。

これでもスラムでは飲食店を営んでいた身だ。それでもこんなものを食べてしまうと、自分の料理に自信がなくなる。

「そうだ三郎くん、帰ってきて早々なんなんだけど、お願いがあるのよ」

お昼時を過ぎた食堂は人が少なく、当然仕事もピークは越えたのだろう。おばちゃんが三郎に顔を寄せる。

「なんです?」
「今日ね、学園長先生に頼まれごとをされていて、地下へ行けそうにないの。でも多分、今日も出てきてくれなかったから……」

おばちゃんはヒソヒソと三郎に耳打ちする。多分、雷蔵には聞こえてないだろうな。……私と勘ちゃんには聞こえてるんだけど……。

「あぁ、そういうことならお安い御用です。これからこいつらを連れて行く予定ですので」
「本当!助かるわぁ。じゃちょっと待ってね、今お盆を用意するから」

また、地下の話か。勘ちゃんがつんつんと私の肘をつついてくるのを振り払ってため息をつく。
まぁ、これから連れてってくれるってんだから、楽しみについていくしかないでしょう。














「足元気をつけろよ」

紆余曲折あって、食事のお盆を結局自分で持った三郎が言う。ざまーみろだ。

最初、食堂のおばちゃんからお盆を受け取ったのは三郎だった。それを、「私は案内人だからな。おいお前、持て」と私に押し付けてきたのだ。
私の苛立ちマックスのガン飛ばしになにか思うところがあったのか、何か言う前に勘ちゃんが交代。
しかし残念なことに勘ちゃんは、ちょっとドジだ。三歩も歩いたところで、木の根につまづいた。お盆の上のものがこぼれ落ちかけたところを雷蔵が間一髪で回収。

「ここに1番慣れているのは三郎でしょう。それにその顔、ずっと僕の顔でいるつもり?別に僕は構わないけれど、……ねぇ?」

この言葉により、三郎は結局自分で食事のお盆を持っている。

「あまり人は寄り付かない……みたいね」

地下への入口は、学園長の庵の裏手にあった。暗い階段に明かりはなく、入口付近にも人は少ない。

「いや、この里の大人なら入ったことのある奴は多い。修行の場なんだ」
「うへぇ……こんな暗くて湿っぽいとこで?俺、ぜったいムリ」
「三郎もここでなんかの修行したの?」

道は一本道だからと、照明魔法道具を持った雷蔵を先頭に階段を降りていく。あまりにも暗いので、私と勘ちゃんもそれぞれ魔法道具で三郎の足元を照らしてやっていた。

「いや、私はどちらかというと塔だな。月のめぐりが3巡するまで降りてくるなと言われたときは死ぬかと思った」
「そっか、月読なんだっけ」
「半笑いで言うな、傷つく」

雷蔵、とことん三郎を馬鹿にする姿勢を崩さないの、さすがすぎるなぁ……。
とはいえ、月読なんて、ちょっとにわかには信じられない。

「三郎、本当に月を読めるの?なんで月読になろうと思ったわけ?」

これは私の純粋な疑問だった。三郎の嫌そうな顔が、私の魔法道具に照らされる。

「何かしらにならないと、学園にはいられないんだよ。それに月はいい。動きを研究すれば、確かにわかるものはある」
「ふぅん……」
「たとえば?」

三郎の言葉に含みを感じて引き下がった私と違い、勘ちゃんは自分の好奇心に忠実だった。
私の肩越しに勘ちゃんが身を乗り出す。あつくるしい!やめろ!

「……この世の真理とか、だな」

顔を見なくてもわかる。三郎、ドヤ顔だ。

「うっわ」
「……うわー」
「そういうこと言っちゃう?うわー……」
「なんだお前ら!なんなんだ!」

まぁ、ドン引きしつつも、私たちは3人ともわかっていた。三郎、上手くかわしたな。

話すことが嫌なのか、それとも、単に話が長いから面倒だったのか。
雷蔵は吟遊詩人という仕事の特性上、月の話は気になるだろうなぁ。なんたって語りのほとんどが、創世神話と2色の月の話だ。

「まぁ肝心の月が見えるのは夜だ。明日か、さらに次の夜あたり、月読の塔には連れてってやるよ」
「やぁね、上から目線で」
「エリコお前本当に殺すぞ」
「やれるもんならやってごらん」

三郎はさらに私に言い返そうとしたが、こちらを振り返ったことがアダになった。
突然立ち止まった雷蔵の背中にお盆がぶつかり、食器がガチャガチャと音をたてる。

「あっづぅ!!待ておま、うわ、手にスープが!!これ保温の魔法かかってんだぞ!!」
「このドア、普通にあくの?」
「らいぞーう、行き止まり?」
「待て!!私の!!手が!!火傷!!」

騒ぐ三郎を壁に押しのけて、雷蔵が私と勘ちゃんを振り仰ぐ。
雷蔵の行く手には木製のドアがあった。ドアノブのあたりに鍵穴らしきものはない。

「これ、開けるのちょっと勇気いるね」
「ふふっ、中からモンスターでてきたらどうする?」

勘ちゃんがいたずらに笑う。雷蔵はこともなげに言い放った。

「そしたら、三郎が盾になるよ。大丈夫、エリコちゃんには危害が及ばない」
「お、おう……」

笑顔で言い放つことかね。突然私の名前がでたわけですが、私は知っている。それが、回復魔法を使える者は死守せよという意味であることを……。女として守られているわけではないことを……。

ぎゃんすか騒ぐ三郎をよそに雷蔵がドアノブに手をかけようとした瞬間、ドアは勝手に内側に開いた。

「え、」

まさかの自動ドア?そんな、サルートやオロゴスタにすらない高度な魔法技術がこの里の地下のこんなアナログっぽい扉に?

なんて、ふざけた思想は、一瞬にして消えた。

「なんだ、今日はおばちゃんじゃない…………の、か」

扉の向こうはずいぶんと明るくて、扉を開いた人物の顔は、逆行でよく見えない。

でも、私は。
私たちはこの声を、知っている。