「おや、彦四郎!なんだいその特等席は!」
「鉢屋三郎先輩です!」
「おぉ、三郎さん、帰ったのか!また変装の腕を上げたんじゃないのかい」

赤い土を踏んですり鉢の底へ向かう道すがら、脇から声をかけられる。めちゃくちゃ、声をかけられる。

「……ここが三郎の里って、本当なのね」
「ね、僕も思った」

ぽつりと呟くと、雷蔵が肩を寄せてきた。だよねぇ。

三郎と、その腕に抱かれた彦四郎くんはにこやかに周囲に応えながら、ゆっくりと歩を進めていく。
なだらかな下り坂の底に、目的地があるのだろう。両脇を固める家々は、土とレンガでできているようだった。
島全体は樹木に覆われているのに、何故か集落の部分だけ草1本見当たらない。赤い土は乾燥しているというわけでもなく、靴の脇に粘っこくこびりついていくのに。

見たところ、この里にいるのも皆人間みたいだ。
サルートを出たばかりの頃は、壁のない土地に人間がいることが信じ難くて勘ちゃんや雷蔵と騒いだけれど、さすがにもう納得している。
壁なんてなくとも、人々は生きていける。

「……ここにモンスターはでないのかな?」
「森で見かけたけど、どれも人を襲わないみたいだね」

横から勘ちゃんが教えてくれた。うーん、なるほどなぁ。

「あともう少しだぞ」

三郎が振り返って教えてくれる。それに頷いてから、自分も背後を振り返ってみる。

里の終わり、丘の上の淵は、もうだいぶ後ろだった。














「お主が尾浜勘右衛門か」

カコン。

響いた音は、確か……シシオドシ、とかいうのだったか。
苔すら生えないのだろう庭には、白くて丸い小石が敷き詰められている。なんとなく緑が欲しいところだけれど、木は一本も見当たらない。
里はあんなに活気が満ち溢れて賑やかだったのに、ここには一切その音が聞こえてこない。

なんて静かな空間だろう。庭を眺めていた目を正面に戻し、そっと瞑った。光を遮断しても、こんなに静かだなんて。

「不破雷蔵に、それから」
「……エリコです」

目の前の老人の声に、三郎が答える。
目を開くと、老人は私を見ていた。わずかに頭を下げる。

ずいぶんと背が低い老人は、ここのまとめ役なんだとか。人の良さそうな笑みを浮かべてはいるが、果たして、この三郎を従える男が、ただの優しいおじいちゃんではないだろう。

「よく来たの。まずは身体を休めるとよい」

老人がにこやかに笑む。勘ちゃんが身を乗り出した。

「お言葉ですが、えーと」
「学園長先生だ」

三郎がまたしても横から言う。先生。先生なのか……。

「んじゃ、学園長先生!俺達は話を聞きたいんです。ここは何なんですか?」
「勘ちゃん、さすがに」

私は慌てて勘ちゃんの背中を引っ張った。あまりにも率直すぎるよ!失礼だろ!

私の横で雷蔵も苦く笑う。

「すみません、悪気があるわけじゃないんです。学園長先生ということは、ここは、学園なんですか?」
「いかにも」

学園長は、ここで面白そうに肩まゆをあげた。鋭い眼光が我々を射る。

「三郎に聞かなかったか?」

あぁ、この、強い光。なるほど、三郎が弓の扱いに長けるわけだ。

「ここは、学術都市じゃ。学園と呼ばれておる。創世神話と、宙の研究をする、研究者の里じゃ」

学術都市。星読と月読の塔が立っていたのはそのためか。

「今そんな研究をして、なにがわかるんですか?」

吟遊詩人が首をかしげる。雷蔵は神話に明るいものねぇ。

「この星に起こる様々な異変や、時の流れ、人の流れを識ることができる。わしらはそれをただ、知るだけじゃ。求める者には、対価をもらってその知を授けることもある」

学園長はそこでつと立ち上がり、庭へ歩を進めた。
視線を庭へ向けたまま言う。

「何はともあれ、休むとよい。今すぐ語るつもりは、わしにはない」

カコーン。音が響く。三郎がため息をついた。

逆らえるはずもない。

「……昼飯、食いに行くか」

三郎が立ち上がる。それを見上げていたら、腕を掴まれて引っ張りあげられた。おい、何故私を引っ張る。

「午後は連れていきたい場所がある」
「連れていきたい場所?」
「じーさんの話を聞くには、メンバーが足りないんだよ」

メンバーとな。
目をぱちくりとさせる間にも、三郎は雷蔵と勘ちゃんを引っ張りあげて立たせた。

「まずは飯だ。その後、紹介してやるよ」