また、いつの間にやら眠っていたようだ。
雷蔵、やばいな……。雷蔵の声を聞いていると、自然に眠っちゃう。 前回、ヒョウゴでもそうだった。
古代、人々は平和に暮らしていた。 人類は皆家族で、野を耕し、歌を歌い、大いなる太陽の恵みに感謝し、暗い夜の他に何者にも怯えることはなく。
そんなあるとき、おそろしい夜の時間に、青く明るいものがあらわれる。 人々はそれを月と名付け、最初は喜んだ。 これで暗い夜に怯えなくて済むと。これで、昼と夜に縛られることなく、永遠に活動できると。
しかし月が連れてきたのは、夜の光だけではなかった。 嵐や地震や津波などの自然災害も連れてきたのだ。 最悪なことには、眠らなくなった人々を疫病がおそうようになっていった。
人々は悩んだ。月の来訪は、喜ばしいことなどではなかった。 月はどんどん大きくなり、星に近づいてくる。このままでは星が終わってしまう。 人々は星の力に縋るしかなかった。大地の力、魔石の研究をしている一族にすがりつく。
星の一族と呼ばれる民はひとりの少女を示した。彼女は星の姫である。彼女ならきっと、解決法が見つかる。
そして星の姫は、旅に出る。
まぁ、そんな話だ。姫の旅の部分が延々と長く美しい話として続き、その中で姫は5人の言霊使いを仲間にする。 最終的に、姫はこの星そのものを魔石として祈りを捧げ、その祈りに応えた大いなる太陽がふたつに割れる。割れた欠片の大きな方は太陽として昼に残り、小さな方が夜に向かって赤い月となる。
ここまではどの神話でも同じ結末だ。そこから先は、語り手によって違うらしい。 雷蔵の話を最後まで聞けたことがないので、雷蔵のオチは知らないけれど……。
「エリコちゃん?」
柔らかい声に、意識を戻す。雷蔵が半身を起こしてこちらを見ていた。
「おはよう、雷蔵。昨日私、途中で寝ちゃった?」 「うん。1番最初だったよ」
それは、恥ずかしいな。 雷蔵が起き上がって、ぐっと伸びをする。私はコップに冷えた水を汲んで渡してやった。
「ありがとう」
そして寝ている2人を見やる。うーん……勘ちゃんと三郎、並んで寝ちゃって仲がいい。
「2人、起こそうか」 「そうだね、もう日が高い」
そこで雷蔵が勢いよく構えたので、私は慌ててその背にしがみついた。
「ん?」 「ん、えっ、と、ほら、その、あれ、私が、起こすよ。ふたり」 「そう?」
やばい、寝ている状態の人を雷蔵が攻撃したら、間違いなく死人か……よければ怪我人がでる。
ふたりを適当に揺すりながら、私は雷蔵を見た。
「昨日どこまで話したの?」 「僕の話のラストまでだよ。ほら、太陽が砕けて」 「三郎の話は?」 「エリコちゃん、寝ちゃってたし」 「す、すみません……」 「まぁ疲れてたのは皆一緒だからね、三郎の里についてからでもいいんじゃないかって」
勘ちゃんはそもそも創世神話を知らなかったみたいだから、と小さく続く。ま、まじか……サルートじゃあんまり教えないのかな? 一般的な家庭なら、小さいうちに親が教えてくれるものだと思っていたけれど。
うにゃむにゃと二度寝をかます勘ちゃんをひっぱたく。おいお前、私を引きずり込むんじゃない。
「僕は新しい水を汲んでくるよ」 「ん。おねがいしぁっす!おい!勘ちゃん!起きろ!」
あと三郎の寝方大丈夫か。顔を見られたくないのか知らんが、これ完全に窒息ポーズなんですけど……。 おそるおそる三郎の首に手を添える。お、おぉ、生きてはいるね……。
その後、なんとかしてふたりを起こし、冷たい水でスッキリしつつ身支度を整える。 さぁ、いざ、三郎の里とやらへ。
森を進む間、わりあい空気は柔らかかった。木の葉に日差しを遮られた空間は、森といえど人の手が入っているのか、ある程度歩きやすい。 4人できゃらきゃらと、軽口を叩きながら進んでいく。
「三郎は、きり丸とも知り合いなの?」 「あぁ、もちろん」
もちろん?雷蔵が不審げな声を出す。思い返せば雷蔵は、サルートできり丸の馴染みだったなぁ。先輩って呼ばれてたっけ。
「土井さんも?」 「変装できるぞ」
三郎のその手が彼の顔の顎からおでこまで、ふっと動く。すでにその顔は、土井さんのものになっていた。
「……すごい、似てるね」 「うーんでもまぁなんというか……」
言いよどむ雷蔵と勘ちゃんを横に、私は素直な感想を打ち出した。
「本物の方がずっと男前だから、すぐわかるね」
雷蔵がブッと吹き出す。いや、そう思わん?三郎だとなんか、ひょろっこいよね。
「おいお前どういう意味だ」 「お前じゃなくてエリコだって、何度も言わせないで」 「待ってエリコちゃん、ああいう男が好みなの!?うわーどうしよう、俺じゃ品が良すぎる!?」 「勘ちゃんの品がいいことは否定しないけど、誰も男の好みの話はしてないよ」
あと土井さんも品はいいからな。ちょっとミステリアスというか、食えない感じがあるだけで。
そんなことをわちゃわちゃ話していたときだった。 こちらを振り返って話していた勘ちゃんの腕を、三郎が強く引く。勘ちゃんの方が三郎より半歩先を歩いていたので、三郎が気づかなければ危なかった。
足元に、鋭く一本の矢が刺さっている。 4人で武器を構えて上を見上げる。木の葉に隠れて姿は見えないが、降ってきた声もやはり、鋭く尖っていた。
「これより先は、行かせませんよ」
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