三郎は、変な顔をして私たちを見た。
それもそうだろう。私も苦笑する。

「……なんだ、お前ら」
「いやぁ?いろいろあってね」

三郎が私たちを案内した場所は、砂浜からそんなに離れていない地点だった。広めの洞窟に、掘りっぱなしの井戸、焚き火の跡がある。洞窟の中には、簡易毛布や調理鍋などの入った木箱があった。

私は朝早くから動き続けだったし、雷蔵も勘ちゃんも、逃げ出すということはひどく精神を消耗したはずだ。
疲れ果てているのはみんな同じなので、さっさと休もうということになったのだけど。

「勘ちゃん、これはちょっと、無理があるよ」

私と雷蔵と勘ちゃんは、3人固まっていた。文字通り、団子のように。

森の中での野営というと、つい二日前に、七松さんの裏切りにあったばかりだ。
警戒するのも当然だろう。勘ちゃんと雷蔵にとって三郎は、会ってから半日も経っていない相手だ。
私だって、昨日の夕方に会ったばかりなんだけど。

「……まぁとにかく、話を聞かないことにはね」

それでも、この男を信用すると決めたのは私だ。
私が三郎の案に乗って、2人を救出したわけだし。……いや、まぁ、働いたのはほとんど三郎さんなんですけどね。私だって、気力の限り魔法使いましたし。

私のフォローの言葉にも動かない2人に、三郎はため息をついた。するりとその腕が顔を這う。
雷蔵が鋭く息を呑んだ。

「え、な」

混乱を避けるためだろう。見知らぬ男の顔をしていた三郎の顔が、雷蔵のそれと同じものになっている。
雷蔵は、初めての体験に言葉もでないようだった。

「これは私の特技だ。まぁ見てわかるように、一般人のくくりではない」

そりゃあ、そうだろうな。

「……水、汲んでくるよ」

私は立ち上がって言った。勘ちゃんに掴まれた腕を、やんわり振りほどく。
井戸はすぐそこだ。

水を汲んで戻ると、雷蔵は驚きから立ち直ったようだった。ベタベタと三郎の(自分と同じ)顔を触っている。

えっ……うわっ……ベタベタ触ってる……。

なにこいつら……。三郎、動じてないけど……なにこいつら……。

「……まぁ、気を取り直して」
「うん?エリコ、なんかあったか?」

三郎が妙に気さくな声をだすもんだから、胸が少し、痛んだ。

まるでハチさんみたいな言い方をするなぁ。

「んーん。三郎、あなたの話も聞きたいし、私の話もしてもらう約束だけど」
「あぁ、覚えているさ。隠すつもりもない」

三郎が雷蔵の腕を掴んでとめ、洞窟の外を見やる。
雷蔵も、ぼんやりとそちらを見た。

「今夜は青い月だな」
「そうだね」

勘ちゃんが洞窟の出入口側に移動して、やはり月明かりを見つめる。

「……私は語りが上手い方ではないが、致し方ないな。ライゾー、お前、吟遊詩人だったか」
「えーっと、一応は」
「一応?」

私と勘ちゃんは沈黙する。
一応は、吟遊詩人だと思うよ。私も。一応はね。

「まぁ、ちゃんと吟遊詩人だよ。続けて」

雷蔵が穏やかに笑う。いかにも、文系ジョブっぽい笑顔だ。あれでバイオレンスだからなぁ……。

三郎は首をかしげたが、続けた。

「途中までは誰しも知る話だ。語り、唄うことは雷蔵の方が本職だろう?」
「そりゃそうだけど」

途中までは、誰しも知る話?

私達3人、思ったことは一緒だろう。我々の疑問を受けて、三郎が地面に目を落とす。

「ふたつの月の創世神話さ。私の里も、そこの女のことも、創世神話にルーツがある」

……とっても気になる発言だけど、とりあえず。

「そこの女じゃなくて、エリコね」

1発ぶん殴っておいた。