その小舟、というか、ボート?というか、とにかく我々の移動手段は、おっそろしく小さく、ボロく、不安満載だった。

が、それを口に出せようはずもない。

「しんべヱ、喜三太、本当に助かった。ありがとうな」

三郎にわしゃわしゃと頭を撫でられて、子供が2人、嬉しそうに声を上げる。

「鉢屋三郎先輩の頼みですから!」
「僕達頑張っちゃいました!」

まさか、このボートは、彼ら2人が作ったのだろうか……?申し訳ないので口には出せないが、恐ろしくてとても乗る気にはなれない。

勘ちゃんと雷蔵もおそらくそう思っているのだろうが、やはり、言える雰囲気ではなかった。

「私たちは時間がないので、もう行く。乱太郎達にもよろしくな」

三郎は最後にもう1度2人の頭を撫でると、さっさとボートに乗り込んだ。うわ……音、めっちゃやばいけど……。

これに4人も乗る?本当に大丈夫?
あと、船首のアヒルには1体どんな意味が……?

「あ、そうだ、しんべヱくん」

雷蔵が思いつめた表情をしていることに気づいて、私はボートに乗り込む前に、声をかけた。勘ちゃんと雷蔵は先に乗り込んでくれるだろう。

「きり丸くんが今どこにいるか、わかったりするかな」

三郎との会話の様子を見るにしても、おそらくこの子達もきり丸くんの友達だろう。
そう思ったのは当たりだったらしい。2人はパァっと顔を輝かせた。が、しかしその顔もすぐに曇る。

「ごめんなさぁい、どこにいるかはわからないんですぅ」

壺を抱えた方の子、こちらは喜三太くんだ。しょんぼりしていうので、私は慌てて頭を撫でた。

「ううん、聞いただけだから、大丈夫。ありがとうね、いろいろ」

いつまでもグズグズしているわけにはいかない。
勘ちゃんが立って支えてくれるのにしたがって、ボートに乗り込む。

しっかりと掴まれた腕に、ドキリとした。
もちろん、嫌な方のドキリだ。足元めっちゃ揺れる……こわ……。
ごめん勘ちゃん、これ多分イケメン行動だとは思うんだけど、ボートに不安がありすぎて、やってくれないと無理ってレベルの当たり前行動だわ……。

「それでは、お気を付けてー!」
「お前らも気をつけろよー!」

さて、不安すぎますが、出発。1体どこへ向かうのやら。
















「やばいやばいやばいやばい」
「やばいってこれ沈むってねぇこれ!!」

しばらくは、無言だった。
岸から離れ、勘ちゃんと三郎がオールを漕いでしばらく、岸で手を振るしんべヱくんと喜三太くんの姿が月明かりにも見えなくなった頃。

私たちは叫んだ。

「底!底もう浸水始まってる!」
「急げ!!ここから北東にあと少しだ!」

さすがの三郎もだいぶ焦っているようで、バシャバシャと海面を叩く。

「ちょっと私立っていい?」
「は!?バランス崩れるだろやめろ!」
「よし!2人で立とう!雷蔵!」

足元の浸水が非常に怖いので、荷物を抱えて雷蔵と立ち上がる。

「あ、待って、三郎が言ってるのってあれ?あの島?」
「あぁ」
「方角ズレたね、俺休憩ー」

言うなり勘ちゃんはオールをボートの中に放り投げ、床の浸水を振り返る。

「あ、塞ぐ?これどうぞ」

私と雷蔵が座っていた椅子を指すと、雷蔵があっさりとその板材を外した。

「うおおお、やけにさっくり外れたな!?本当に大丈夫なのかマジで」
「いいからエリコちゃんは水を捨てて」
「ウィッス」

飲み水をいれていた容器(今は空)を引っ張り出し、言われた通りに船に入り込んだ海水を汲んでは外へ捨てていく。

「勘右衛門!」
「あいさー!雷蔵、ここ頼んだ」
「うん」

ボートの方角は直ったらしい。三郎に呼ばれた勘ちゃんが船を漕ぎに戻り、雷蔵が穴を塞ぐ仕事を引き継ぐ。

「これで大丈夫かな?」
「う、……ん」

見ると雷蔵は、穴を塞いだ板材に乗っかっていた。うーん、大雑把な人だ。

「あと少しだよー」

その状態から雷蔵が目を凝らして言う。今夜は青い月なので、その島はだいぶ明るく見えた。

肉眼で島と認識できるので、だいぶ陸地面積は小さいだろう。
木々がこんもりと生い茂っていて、ほとんど森なんじゃないかな。

森か……。あまりいい思い出はない。
というか、海にも森にもいい思い出はない。……あれ!?この旅、いい思い出ひとつもなくない!?

「よし、あと少しだ」
「うわわわわ俺もう腰までビッシャビシャだよ!」
「あとは波が運んでくれる」

漕がなくてもボートが進むようになってきたので、4人で立ち上がる。もうボートと呼ぶのも難しい、ただの板の塊のそれは、ゆっくりと私たちを岸へ運んだ。

浅瀬でとまったそれから降りて、海水を跳ねあげながら陸へ走る。

「……着いた……ね」

森の手前、砂浜で、背後を振り返る。私たちが乗ってきたボートはすでに、見当たらなかった。海の中で分解したのか、また波がどこかへ運んでいったのか。

もう、大陸へは戻れない。

「三郎、本当にここで合ってるの?」
「あぁ、よく知っている。もう時間も時間だから、ここで朝まで過ごすしかないがな」

三郎は荷物を背負いあげ、さっさと森へ向かった。

「どこ行く気?」
「野営地だ」

三郎は言葉少なに私たちを導いていく。

仕方がない。ここは彼のホームだ、信頼するしかないだろう。