ドスンと、落下していた身体が地面に叩きつけられる。わー、これ、覚悟しててもめっちゃ痛い。
時間はない。あまりにも、時間はない。間に合わないかもしれないけれど、駆け抜けるしかない。
諦めたら、そこで終わってしまう。
ゆっくり目を開ける。 そして見えたものに悲鳴をあげかけた瞬間、強く口を塞がれた。
「!?」 「静かにしてください」 「……きみは」
調査委員会の子だ。ひどくマイペースで、立花さんがいつもキレていた。
でも、仕事はできる子だ。でなければサルートの異変調査委員にはなれない。あそこは、名前の通りの組織ではないから。
とっさに武器を抜くも、彼の手元のスコップに弾き飛ばされる。うわー、うわー!時間、ないのに!
「もうじき中在家さんが来ますから」 「は!?」 「だから、静かにしてください」
意味がわからない。ナカザイケ!?誰!?あぁ、サルートのスラムの。
……は!?サルートのスラムのナカザイケ!?なんでオロゴスタに!?
土の匂いが立ち込めるここに、何故この子がいるのか。なぜここで中在家の名前がでるのか。勘ちゃんの方は問題なく進んでいるのか、雷蔵はどうなるのか。
そう、雷蔵!
焦って上を見上げる。聞こえた声は藤内くんのものだ。そして、それから。
「わ、わ、わー!?」 「静かにしてくださいってばー」
真上から落下してくる物体に、思わず声があがる。喜八郎くんが容赦なく、私を突き飛ばした。いてぇよ!なんだこいつ!いてぇよ!!
どすんと、私が落ちてきたときと同じような音がする。地中深く掘られた穴の底は、土が硬くて非常にお尻が痛い。わかるよ、痛いよね。
わかるよ、雷蔵。
「い、ったい」 「雷蔵!雷蔵!!」 「え、うそ」
エリコちゃん、そう震えた声で呟く男を、私は知っている。 ついさっきまで一緒にいた男じゃない。三郎がつくっていたのは、顔だけだ。 表情も、声も、なにもかも、この人だけのもの。雷蔵だけのものだ。
地上から怒号が聞こえる。立花さんの怒鳴り声、七松さんの嬉しそうな声に、知らない大声。
ここに雷蔵が生きている。つまり、勘ちゃんは成功したのだ。
「どうしてここに」
言われた言葉は、つい先程聞いたものとまったく同じで、思わず笑いがこみ上げてしまう。
どうして勘ちゃんも、雷蔵も、私が助けに来ないと思うのかな。
「助けに来たんだよ、雷蔵。大丈夫。勘ちゃんも無事」 「早くこっちに」
喜八郎くんが私の身体を投げ飛ばす。ねぇ!これ!めっちゃ痛いってば! 雷蔵が軽く悲鳴をあげるのが聞こえる。硬い通路にぶつかった身体が軋む。
……通路?
「城の外へ通じています。もしまた捕まっちゃったら、七松さんが掘ったことにしてくださいね」
僕は、穴を掘りたかっただけですから。
喜八郎くんが淡々と言う。雷蔵が、私の身体を助け起こしてくれた。
「でも喜八郎くん、私達にはもうひとり、……あと2人、仲間がいるの」
やべ、うっかり三郎のこと忘れるとこだったわ。ごめんごめん。頭の中の三郎がブチ切れてる。ごめんってば。
喜八郎くんは私の言葉を聞いているのかなんなのか、丸い空を見上げた。
「まったく、立花先輩も素直じゃないんだから」 「ねぇ、聞いてた?」
聞いてなかったみたいだね。
私も丸い空を見上げる。瞬間、雷蔵が私を脇の通路へ引き込んだ。
「喜八郎!奴らはどうした!!」 「逃げたみたいです」 「逃げたって、お前」
穴を覗き込んだのだろう、立花さんの声が聞こえる。雷蔵が強く私を引っ張った。
仕方がない。今は、進むしかない。
土の匂いにまみれた通路はひどく曲がりくねっていて、喜八郎くんのいた穴からの光が途絶えるのはすぐだった。 1度立ち止まって、雷蔵に彼の荷物と装備を渡す。
「これ、重かったでしょうに」 「うん。大変だった。2度と捕まらないでね」
雷蔵が複雑そうな顔で琵琶を背負う。私は自分の荷物をガサゴソと漁った。
「あったあった、これ。オロゴスタで買ったんだよね」
見つけ出したのは、魔法道具のランプだ。そういえば、これを買った時は珍しく三郎がいた。
いや、違う。 確か、三郎に買わされたんだ。私が会話の内容に気を取られている隙に、私の財布で勝手に買っていた。 ……どこまで、予想していたんだろう。
「よし、じゃ、崩そうか」 「おう……」
明かりが灯ったところで、雷蔵が爽やかに背後を示す。どうでもいいけど、魔法照明に照らされた穏やかな笑顔と、親指で背後を示す仕草、めっちゃ怖いです。 言ってることもデンジャラスだしね。
今のところ、なにかに追われている気配はない。でもそれも、今だけの話だから。
「勘ちゃんと、あともうひとりと決めた作戦だと、この通路は想定外なの。勘ちゃん的には、私と雷蔵は突然消えちゃってる」 「うん」 「し、……そういう場合には、勘ちゃんひとりで脱出するように言ってあるから」
雷蔵は黙り込んだ。
勘ちゃんがこの通路を追ってくることはないだろう。 土の魔石を荷物から引っ張り出して、ナイフにはめ込む。背後の通路に手を当て、雷蔵に下がるように伝えようとした。
「ッ!?」
ら、なにやら目の前を高速で過ぎるものがあった。
なに、これ、怖い。
ドゴン、と鈍い音が派手に響き、バラバラと岩や小石が落ちてくる。
「危ないよ、エリコちゃん」 「あ、は、はい」
今しがた、琵琶で思いっきり壁を殴ったとは思えないほど穏やかな雷蔵さんが、私を土の雨から庇ってくれる。
こ、こわい……そういえば雷蔵さんは、剛力な人だった。
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